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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)238号 判決 1998年10月07日

主文

一  原告甲野太郎、原告乙山松夫、原告丙川竹夫、原告丁原梅夫、原告戊田春夫、原告甲田夏夫、原告乙野秋夫、原告丙山冬夫、原告丁川一郎、原告戊原二郎、原告甲川三郎、原告(亡乙原四郎訴訟承継人)乙原花子、原告(亡乙原四郎訴訟承継人)乙原一夫、原告(亡乙原四郎訴訟承継人)乙原二夫、原告(亡乙原四郎訴訟承継人)丙野春子、原告丁野五郎、原告戊山六郎、原告甲山七郎、原告乙川八郎、原告丙原九郎、原告丁田十郎、原告戊野一男及び原告丙田二男の各訴えをいずれも却下する。

二  被告が中労委平成元年(不再)第六六号事件(初審東京地労委昭和六二年(不)第四五号事件)について平成四年八月五日付けで発した命令主文のうち、[3]項、[4]項、[5]項、[6]項及び[8]項を取り消す。

三  原告芝信用金庫従業員組合のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告芝信用金庫従業員組合を除く原告らと被告との間においては、被告に生じた費用の一〇分の一を原告芝信用金庫従業員組合を除く原告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告芝信用金庫従業員組合と被告との間においては、原告芝信用金庫従業員組合に生じた費用の五分の四を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、補助参加によって生じた訴訟費用は、原告芝信用金庫従業員組合を除く原告らと補助参加人との間においては、補助参加人に生じた費用の一〇分の一を原告芝信用金庫従業員組合を除く原告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告芝信用金庫従業員組合と補助参加人との間においては、原告芝信用金庫従業員組合に生じた費用の五分の四を補助参加人の負担とし、その余は各自の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告が中労委平成元年(不再)第六六号事件(初審東京地労委昭和六二年(不)第四五号事件)について平成四年八月五日付けで発した命令主文のうち、[2]項、[3]項、[4]項、[5]項、[6]項及び[8]項を取り消す。

第二  事案の概要

原告芝信用金庫従業員組合(以下「原告組合」という。)は、かつては補助参加人における唯一の労働組合であったが、昭和四三年に結成された芝信用金庫労働組合(以下「芝労組」という。)が多数派組合の地位を占めるようになると、原告組合は少数派組合となり、原告組合と補助参加人との間で数多くの労使紛争が発生した。原告組合と補助参加人とは、東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)の勧告を受け、昭和五五年一〇月一五日和解協定(以下「本件和解協定」という。)を締結するに至った。

原告組合は、補助参加人が、本件和解協定後も原告組合を嫌悪し、<1>補助参加人の施設の利用について組合間差別をしたこと、<2>永年勤続表彰について組合間差別をしたこと、<3>職員慰安旅行、歓送迎会、新年会及び忘年会への参加に関し組合間差別をしたこと、<4>原告組合のした、傷病扶助制度に関する協定及び人間ドック制度に関する協定の締結申入れに対し、合理的理由もなくこれを拒否したこと、<5>原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)、原告乙山松夫(以下「原告乙山」という。)、原告丙川竹夫(以下「原告丙川」という。)、原告丁原梅夫(以下「原告丁原」という。)、原告戊田春夫(以下「原告戊田」という。)、原告甲田夏夫(以下「原告甲田」という。)、原告乙野秋夫(以下「原告乙野」という。)、原告丙山冬夫(以下「原告丙山」という。)、原告丁川一郎(以下「原告丁川」という。)、原告戊原二郎(以下「原告戊原」という。)、原告甲川三郎(以下「原告甲川」という。)、亡乙原四郎(以下「亡乙原」という。)、原告丁野五郎(以下「原告丁野」という。)、原告戊山六郎(以下「原告戊山」という。)、原告甲山七郎(以下「原告甲山」という。)及び原告乙川八郎(以下「原告乙川」という。また、右一六名を併せて以下「原告甲野外一五名」という。)を店舗長代理に昇進させなかったこと、<6>原告丙原九郎(以下「原告丙原」という。)、原告丁田十郎(以下「原告丁田」という。)、原告戊野一男(以下「原告戊野」という。)及び原告丙田二男(以下「原告丙田」という。また、右四名を併せて以下「原告丙原外三名」という。)を副参事に昇格させず、その結果店舗長代理に昇進させなかったことが、いずれも不当労働行為に当たると主張して、都労委に対し、不当労働行為の救済申立てをし、都労委は、基本的に、原告組合の右申立てをいずれも認める救済命令(以下「本件初審命令」という。)を発した。

これを不服とした補助参加人は被告に対し再審査の申立てをした。被告は、前記<1>、<2>及び<4>につき不当労働行為に当たるとした本件初審命令の判断は相当であるとし、<3>については、原告組合の組合員だけを除外して職員慰安旅行を実施することは不当労働行為に当たるが、歓送迎会、新年会及び忘年会については補助参加人の行事と断定できないとして、補助参加人において原告組合の組合員に参加を呼び掛けないことが不当労働行為に当たると認めることはできないとし、<5>については、昇進は労働組合法二七条二項にいう「継続する行為」に当たらないとして原告甲野外一五名を昇進したものとして取り扱うべき時期を救済申立てから一年前以降とし、また、原告甲野外一五名に付与すべき職位を同原告らが求める店舗長代理に限らず、店舗長代理待遇の推進役でもよいとし、<6>については、原告丙原、原告丁田、原告戊野及び原告丙田を副参事に昇格させないのは副参事昇格試験に合格しないためで、不当労働行為に当たらないとし、したがって、店舗長代理に昇進させなかったことも不当労働行為とは認められないとする命令を発した(以下「本件命令」という。)。

本件は、原告らが、本件命令の取消しを求めて提起した行政訴訟である(原告らが取消しを求める本件命令の前記各主文のうち、被告が本件初審命令を取り消して救済申立てを棄却した部分等については、二を参照)。

なお、補助参加人は、本件命令中救済命令に相当する部分に対する取消訴訟を提起していない。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実については、各項の末尾その他の箇所に証拠を挙示した。なお、争いのない事実であっても、参照の便宜のために証拠を挙示したものもある。)

1 当事者等

(一) 補助参加人は、信用金庫法に基づき設立された信用金庫であり、肩書地に本店を、都内及び川崎市内に二六店舗を有する。平成元年一二月一日の時点における職員数は八七九名であり、そのうち、店舗の職員数は七二一名で本部の職員数は一五八名であった。

(二) 原告組合は、昭和二八年七月、補助参加人の職員が結成した労働組合であり、平成元年一二月一日の時点における組合員数は三二名であった。

(三) 原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、いずれも補助参加人の職員であり、原告組合の組合員である(後記のとおり補助参加人を退職し、又は死亡した者がいる。)。

原告丙原は昭和三七年、原告丁田及び原告戊野は昭和三九年、原告丙田は昭和四〇年、いずれも高卒の学歴で補助参加人に雇用された。

原告甲田は、昭和六二年七月四日、定年で補助参加人を退職した。原告戊山は、同年七月二〇日、補助参加人を辞職申出により退職した。

原告乙山は平成四年一〇月二一日、原告丙川は平成六年四月五日、原告甲野は平成五年五月九日、原告丁原は平成六年四月二〇日、原告戊田は平成七年三月二三日、原告乙野は平成八年七月六日及び原告丙山は平成九年七月三日いずれも定年で補助参加人を退職した。亡乙原は平成五年一一月一一日死亡した。

(弁論の全趣旨)

(四) 補助参加人においては、昭和四三年九月に芝労組が結成され、以後、原告組合と芝労組が併存することとなり、芝労組が多数派組合の地位を占めることとなった。芝労組の平成元年一二月一日の時点における組合員数は七二六名であった。

なお、平成元年一二月一日の時点における非組合員数は一〇五名であった。

2 本件以前の補助参加人における労使関係

(一) 補助参加人は、昭和四九年一二月二六日付けで原告甲田、原告戊山、原告丁田及び原告丙田を、昭和五〇年二月一四日付けで原告甲山を、同年一〇月一七日付けで原告組合の組合員一名を、昭和五一年五月一四日付けで原告丁川を、同年八月一六日付けで原告丁原、原告戊原及び原告丙原並びに原告組合の組合員二名を、昭和五二年二月一八日付けで原告甲野、原告丙山、亡乙原及び原告戊野並びに原告組合の組合員一名を、いずれも懲戒解雇した。

(二) 原告組合は、都労委に対し、補助参加人が、社内報の「しば」や「労務ニュース」で原告組合を非難する記事を掲載し、原告組合の掲示板を移動し、原告組合の補助参加人施設の利用を拒否し、さらに、補助参加人職員の慰安旅行に原告組合員を参加させなかったことが不当労働行為であるとして、救済を申し立て(都労委昭和四六年(不)第一〇一号事件)、都労委は、昭和五一年二月三日、補助参加人の右各行為がいずれも不当労働行為であると判断し、救済命令を発した。

また、当時、原告組合と補助参加人との間には、原告組合の前記組合員一七名の解雇事件等が、不当労働行為救済命令申立事件として都労委に一一件、雇用関係存在確認等請求事件として裁判所に九件係属していた。

(三) 補助参加人と原告組合とは、都労委の和解勧告により、昭和五三年三月から、全面解決のための和解交渉を行い、昭和五五年一〇月一五日、本件和解協定を締結した。

この結果、前記解雇事件の被解雇者一七名に対する各懲戒解雇がいずれも発令日に遡って撤回され、過去の昇格・昇進差別等に関しても和解が成立して、補助参加人から、原告組合に対し、解決金四億三〇〇〇万円(ただし、賃金仮払いの既払分を含む。)が支払われ、労使双方は労働委員会及び裁判所に係属するすべての事件を取り下げた。

(四) 本件和解協定において作成された和解協定書(以下「本件和解協定書」という。)及びこれに付随する調書確認には以下の条項がある。

(1) 本件和解協定書

第一条(正常な労使関係への努力)金庫(補助参加人を指す。以下同じ。)は、本件紛争の原因となった行為が発生したことに対し、遺憾の意を表明し、今後、不当労働行為と疑われるような行為を行わない。

労使双方は、正常な労使関係の確立のために誠実に努力する。

第五条(特別研修)金庫は、職場復帰者に対し、就労日以後に、七日間の特別研修を実施する。

第一二条(調整給)本和解による賃金是正の方法としての「調整給」の算出のために、A、B、Cの各テーブル(別表1)を設ける。

2 各対象者が、現在支給されている本人給金額(解雇されていた者については、これに準ずる金額)と、適用される各テーブルの該当する金額との差額を調整給として、以下各条に従い支給する。なお、この調整給は、臨時給与、残業手当、退職金算定基礎本給の各計算基礎に算入する。

3 後記是正方法により昇格した場合、昇格直前の本人給と調整給との合計額を現行給与体系上の直近の号俸に移行させる。また、期限内に昇格しなかった場合は、直近の号俸に移行させ、調整給を消滅させる。

第一三条(男子の取扱い)給与年齢三三才以上の者に対し、本和解成立日をもって、現在支給されている本人給金額(解雇されていた者については、これに準ずる金額)とAテーブルの給与年令に該当する金額との差額を調整給として支給する(但し、乙山松夫、甲野太郎、丙川竹夫を除く)。

2 給与年令三三才以上で、同三七才以下の者に対し、本和解成立後三年以内に、金庫所定の昇格試験受験のうえ、段階的に主事資格を付与する。

3 給与年令三八才以上の者に対し、本和解成立後二年以内に、金庫所定の昇格試験受験のうえ、段階的に主事資格を付与する。

4 前三項によって、主事資格を取得した者に対しては、その取得した段階からCテーブルと本人給金額との差額を調整給として支給する。

5 前三項による主事資格取得者のうち、本和解成立後五年以内に、金庫所定の人事制度により適格と認定された者に副参事資格を付与する。

6 現在主事資格を有する乙山松夫、甲野太郎、丙川竹夫の三名については、本和解成立日をもって、Cテーブルの給与年令に該当する金額と本人給金額(解雇されていた者については、これに準ずる金額)との差額を調整給として支給し、本和解成立後三年以内に、金庫所定の昇格試験受験のうえ、段階的に副参事資格を付与する。

第二七条(職員慰安旅行)金庫は、今後の職員慰安旅行については、組合員(原告組合の組合員を指す。以下同じ。)を他の職員と区別することなく参加させる。

職場での歓送迎会、忘年会、新年会などについても右に準ずる。

第三三条(研修)研修は、業務上の必要性に基き、「研修規程」により行う。 2 本和解協定に基き必要となる研修については、組合員が適正に能力を発揮して職務を遂行できるように、金庫は特別なローテーションを組んで行なう。

第四〇条(請求権の放棄)金庫、組合並びに関係当事者は、本件紛争に関し、本和解協定で定めたもの以外について、一切の請求権が消滅したことを確認し、今後争わない。

(2) 調書確認

7 第一三条第二項、三項、五項および六項関係

年限については、運用上、実質的に一年間短縮できるように配慮する。

8 第一三条二項、三項および六項関係

(2) 昇格試験について、金庫は公平、公正に行う。

15 第二六条、二七条関係

実施に当って、一年程経過してもなお同一に行うことが著しく困難な場合は労使協議する。

3 本件和解協定後の補助参加人の対応等

(一) 補助参加人人事部は、本件和解協定が成立したことに伴い、昭和五五年一〇月一五日付けで「和解に伴う談話」と題する朝礼用の文書を発行し、各店舗ではこれにより職員に対し、本件和解協定の意味を説明した。その内容は次のとおりである(原則として原文のまま引用した。)。

「この度、東京都労働委員会において、当金庫と当金庫従業員組合との間で全面的和解が成立した。金庫が解雇した一七名の者、または懲戒処分については、主張すべき点は多数あったが、金庫内部で労使紛争が生じ継続していることは、金庫の対外的信用、および業務推進への影響が大きいことを考慮し、大局的見地から和解に踏み切ったものである。解雇者は復職してくるが、復職者は和解協定書のなかで「金庫職員として、就業規則等諸規則をはじめ職場規律を遵守し、誠実に業務に精励する」旨誓約しており、金庫としても大いに働いてもらう気持ちである。ただ金庫として心配するのは、従来のいきさつから職員間の感情的摩擦が生じることである。また、従組員(原告組合の組合員を指す。以下同じ。)には今後一定期間内に賃金、身分の改訂をすることになる。この改定は、あるいはその者の実力からみて不相応のものと映るかもしれない。しかし、これらの点については、三~五年の時限的経過措置であって、人事諸制度そのものを変更することではないので、平穏な気持で対処してほしい。また、金庫はこの和解において、職場秩序の維持には特に気を配ったのであり、もし職場秩序を乱す者がある場合には、就業規則等金庫の諸規程に従い、厳正公平に対処する所存である。」

(二) 一方、芝労組は、「金庫と旧労(原告組合を指す。以下同じ。)との和解の経過をみなおそう!」と題する昭和五九年一一月一日付け「芝労組二ュース」に次のような記事を掲載した。すなわち、補助参加人の和解推進担当責任者であった勝常務は、芝労組に対し、次のように説明したという前書きで、「1 旧労は政治闘争の場として、芝信(補助参加人を指す。以下同じ。)の労使関係をとらえており、片寄った政治思想の導入の場としている。この旧労の姿勢と方針は今後とも金庫としては絶対に受け入れない。しかし、一般社会は旧労の闘争を労使関係としてとらえており、金庫に対し話し合を進めるよう指導してきており、金融諸環境の激化、対境関係を考慮し経営の責任において和解に踏み切った。2 今後の労使関係のあり方については芝労組とこれまで以上の信頼関係を築き十分対話を深めていく。3 今後の旧労問題については、経営の責任において経営階層との意思統一をより強化し、管理体制を充実強化して対応していく。これまでのラインとしての管理の不十分さを反省し、まず体制を完備し、方針を徹底していく。」というものであった。これに関して原告組合は、団体交渉の場で補助参加人の真意をただしたが、高橋人事部長は勝常務の発言については否定も肯定もせず沈黙しており、また、補助参加人は、前記「芝労組ニュース」中に勝常務の発言内容が記載されていたことについて、芝労組に対し、抗議、あるいは、訂正を求める等の措置を執らなかった。

(三) 芝労組は、「旧労の本質を見抜き企業破壊行為を徹底して排除しよう!」と題する昭和五七年一二月九日付け「芝労組ニュース」において、「<1>旧労は総評の中でも特に極左的な統一労組懇(共産党系)に属していますが、(中略)旧労がいかに共産党との結びつきが強いかをあらためて我々の前に明らかにした。<2>(略)<3>旧労は善良な芝労組組合員をつねにねらっている。スキがあればそのスキをついて企業破壊集団の仲間に誘い込み、人生をズタズタにひきさく。(中略)私たち芝労組組合員は芝労組基本綱領にもとづき「企業破壊」と「国家破壊」とをくりかえす旧労はもちろん、私たちの生活の基盤である芝信を破壊しようとするあらゆる勢力と決然と対決してゆき、破壊行為をくりかえす旧労とは絶対に<1>口をきかない。<2>あいさつをしないを厳守しよう。」と、また、「企業破壊集団=旧労と徹底して一線を画す運動を強力に推進しよう!」と題する昭和六〇年八月六日付け同二ュースでは、「旧労は「何にでもカコつけて」私たち芝労組組合員と話し合えるような機会をつくることにネライを定めています。……この対策として、原則は絶体に話さないことです。」とか、「女性が更衣室の中で旧労と合った時には特に注意が必要です。『おはよう』『お先に』『あついですね』etc。旧労はネラッて声をかけてきます。すべて無視することです。」とか、「一部支部においては、役付者自らが甘い対応をとっているという苦言が芝労組に寄せられました。今後このような場合は実行部として対応を明確にしていきます。」とか、「旧労に対しては、挨拶などは絶体にしない。」などと芝労組の組合員に呼び掛けた。

補助参加人は、昭和四九年四月二二日付け「業績伸展に役立つ「あいさつ運動」の実施について」をもって、営業推進部長、人事部長名で各店舗長、部門長あてに「あいさつ運動」の実施、定着について周知徹底するよう通達しており、それによると、職員間では、おはようございます、さようなら、お先に失礼しますのように必要と思われる挨拶を行うよう具体例を指摘し、その定着の方法として、上司、先輩が率先して手本を示すこととされているが、補助参加人は、芝労組が原告組合の組合員と挨拶しないように呼び掛けているにもかかわらず、是正を徹底させていない。

(四) 原告組合は、補助参加人に対し、昭和五八年五月一〇日付け通告書(件名「差別是正等についての要求」)をもって、労使関係正常化のために、役席者はもとより全職員に対し、原告組合員とも挨拶をかわすよう指導することを要求したが、これに対して補助参加人は、原告組合に対し、同月一九日付け通告書(件名「「差別是正等についての要求」及び「要求書」に対する回答について」)をもって、「業務上必要なマナーについては、従来から研修等において指導しており、今後も継続して指導してゆくものである。挨拶については当事者間の問題もあり、強制するわけにはゆかないが、業務上支障を来さないよう指導してゆくものである。」と回答した。

しかし、その後も、芝労組の組合員のみならず、店舗長(後記の新人事制度導入前の職位は店舗長が正しいが、支店長という名称も使用されていた。新人事制度導入後は職位の名称としての店舗長はなくなった。)、次長も原告組合員に挨拶をしない店舗が存在した。

(《証拠略》)

(五) 補助参加人は、昭和六〇年一〇月二二日、関係団体、取引先等の来賓を招いて補助参加人創立六〇周年記念式典を開催した際、芝労組にはあらかじめこの行事についての協力要請と出席要請をしてその出席を得たが、原告組合には協力要請も出席要請もせず、原告組合の組合員は誰も出席しなかった。芝労組が出席した経緯は、これより先の同年六月に行われた補助参加人と芝労組との労使協議会において、補助参加人から芝労組に同行事についての協力要請と出席要請を行ったことによるものである。

(《証拠略》)

(六) 補助参加人の社内報「しば」の昭和六二年新年号には、各支店単位で新年の挨拶が掲載されており、その中で、新橋支店、西小山支店、不動前支店、川崎大師支店等は年賀状に擬して描かれたイラストに各支店に所属する職員が各人の印鑑を押してその所属を表示しているが、それらから原告組合の組合員のみが除外されていた。本件和解協定前である昭和四八年、四九年の「しば」新年号でも同体裁のイラストが掲載されていたが、原告組合の組合員の似顔絵や氏名は表示されていなかった。

また、社内報「しば」の昭和六二年新年号の「ニュースアラカルト」欄では、昭和六一年度第2四半期預金融資増強運動で大森支店が優勝したとの記事があり、所属職員の写真が掲載されているが、その中には原告組合の組合員(二名在籍)は含まれていなかった。

(《証拠略》)

4 本件和解協定に基づく原告組合の組合員の昇格

補助参加人は、本件和解協定一三条六項に基づき、原告甲野については昭和五六年一〇月一日、原告乙山については昭和五七年四月一日、原告丙川については同年一〇月一四日にそれぞれ副参事に昇格させた。

また、補助参加人は、昭和六〇年一二月二〇日、原告組合が都労委に申し立てた本件和解協定の履行を求めるあっせん(以下「アフターケア」という。)により、原告丁原、原告戊田、原告甲田、原告乙野、原告丙山、原告丁川、原告戊原、原告甲川、亡乙原、原告丁野、原告戊山、原告甲山及び原告乙川外一名の男性の原告組合の組合員合計一四名を昭和五九年一〇月一五日付けで認定副参事に昇格させた。

5 歓送迎会等における原告組合の組合員の取扱い

原告組合の組合員は、歓送迎会等係単位や有志主催で行われる行事について、一、二の例外を除いて、参加を呼び掛けられたことはない。

原告組合は、昭和六一年六月一六日、団体交渉において、「まず店舗内で行われている補助参加人主宰の行事に差別することなく参加させるなどして、環境整備をする努力をするように。」と要求したが、これに対し、補助参加人は、「酒の席は不測の事態が起こりかねないので、そのような措置は執れない。」と回答した。

6 補助参加人の新人事制度導入前の人事制度

(一) 補助参加人においては、人事制度として、昭和四三年四月から職能資格制度を導入し、職員の資格の等級付けを行って、資格ごとに賃金体系を設けている(昭和五六年からは下位資格者の最高号俸は上位資格者の初号俸を超えないこととなった。)。

補助参加人は、昭和五三年一〇月に昇格試験制度を導入し、以後この試験の結果に基づいて資格を付与する制度に改めたが、それ以前は上司の行う人事考課に基づいて資格を付与する制度であった。

補助参加人は、昇格試験合格者に対し、原則として四月一日付けで辞令を交付し、昇格の意思表示をしている。職位への昇進の意思表示も原則として四月一日付けで行っている。

補助参加人の設定している資格は、参与、副参与、参事、副参事、主事、書記一級、書記二級、書記三級の八等級に分かれており、それぞれに職能資格等級基準が設けられていた。

平成元年一二月一日の時点において、店舗における人員構成は、店舗長が二七名、次長が三一名、店舗長代理が八五名、係長が一二一名、推進役の副参事が一名、推進役の副参事ないし認定副参事が七名、主事が七六名、係員等が三七三名であった。

(《証拠略》)

(二) 資格と職位との対応関係並びに資格給と職位に対する加給額は以下のとおりである。

職位 資格

参与 副参与 参事 副参事 主事

部長 〇 〇

室長 〇 〇

副部長 〇 〇

副室長 〇 〇

店舗長 〇 〇

課長 〇 〇 〇

相談室長 〇 〇 〇

次長 〇 〇

小型店舗長 〇

特別出張所長 〇

店舗長代理 〇 〇

機械化店舗

(出張所)長 〇

係長 〇 〇

普通職員資格給表

等級 ランク 金額

参与 四万円

副参与 三万八〇〇〇円

参事 三万四〇〇〇円

副参事 一万二〇〇〇円

主事 七〇〇〇円

書記一級 六〇〇〇円

書記二級 2 五〇〇〇円

同 大卒初年度 〇円

書記三級 4 五〇〇〇円

同 3 四〇〇〇円

同 2 三〇〇〇円

同 短大初年度 0円

同 高卒初年度 0円

責任加給表

参事 副参事 主事

当 号俸 5 7 9

小型店舗長 機械化店舗

店舗 職位 次長 (出張所)長 係長

手 特別出張所長 店舗長代理

店舗代理店店長 係長

金額 四万九〇〇〇円 一万六〇〇〇円 七〇〇〇円

階 号俸 5

本部 職位 課長

ご相談室長

職 金額 四万九〇〇〇円

号俸

9 四万九〇〇〇円

10 四万五六〇〇円

当 11 三万八八〇〇円

12 三万三〇〇〇円

手 13 一万六〇〇〇円

14 一万四四〇〇円

役 15 一万一二〇〇円

16 八〇〇〇円

進 17 七〇〇〇円

推 18 六三〇〇円

19 四九〇〇円

20 三五〇〇円

(三) 昭和五六年四月一日、書記一級の資格を有し、給与年齢三三歳になった者について、主事への自動昇格を認める制度(以下「給与年齢三三歳主事自動昇格制度」という。)が導入された。原告丙原外三名は、給与年齢三三歳主事自動昇格制度により、昭和五六年四月一日、主事に昇格した。

主事から副参事への昇格基準は、<1>主事を満三年以上経験し、昇格試験に合格したもの、<2>主事を満二年以上経験し、最終二回の人事考課の決定評語が一回目A以上、二回目Sのもので、昇格試験に合格したものである。

推進役の職位は、これに対応する資格は参事から主事までの全域に及んでいた。また、昭和五四年から認定副参事制度が導入されたが、これは、副参事昇格試験に合格したものが、当初、認定副参事としての辞令を受けることを指し、独立した資格ではなく、賃金体系も昇格試験制度も副参事と全く同一であって、認定副参事から副参事になるためには、補助参加人が任命するだけで足りた。

7 補助参加人の新人事制度

補助参加人は、平成二年四月一日に新人事制度を導入した。その概要は、従前の人事制度では、資格によって賃金テーブルが大きく異なり、資格ごとに賃金格差を持った階段型の体系となっており、同一資格内では賃金がほぼ横ばいで昇給格差がわずかであった点を改めたこと、従前の人事制度では、各資格に広く存在した「推進役」という職位を除いては、店舗の例でいうと、店舗長、次長、店舗長代理、係長という限られた職位しか存在せず、資格者の数との関係で従来のライン職位での処遇が限界にきていたが、ライン職位を増やすこともできなかった状況に対応できるように改めたこと等である。

(一) 資格

次のとおり資格の名称変更がされた。例えば、従来の資格である「主事」、「副参事」は、新制度ではそれぞれ「係長職」、「課長職」に名称が変更された。

(1) 旧資格等級

新資格等級 部長職

職務等級 [7]

(2) 旧資格等級 参与 副参与

新資格等級 副部長職

職務等級 [6]

(3) 旧資格等級 参事

新資格等級 次長職

職務等級 [5]

(4) 旧資格等級 副参事

新資格等級 課長職

職務等級 [4]

(5) 旧資格等級 主事

新資格等級 係長職

職務等級 [3]

(6) 旧資格等級 書記一級、書記二級

新資格等級 上級職員

職務等級 [2]

(7) 旧資格等級 書記三級

新資格等級 初級職員

職務等級 [1]

(二) 昇格

昇格は、補助参加人が定める「昇格基準」に達した者につき、昇格審査を行った上で決定されることに改められた。昇格審査が従来の昇格試験制度を引き継ぐものである。

(三) 職位

(1) 職位の付与は、補助参加人が職員の人格、識見、統率力を含む能力等を総合的に判断して行う。具体的な職位付与に当たっては、次のように、当該職員の有する資格並びにその直近上位資格、直近下位資格の三つの資格に対応する職位群の中から付与する。

(職務等級) (資格等級)

[7]◎部長職 副部長職

[6]部長職 ◎副部長職 次長職

[5] 副部長職 ◎次長職 課長職

[4] 次長職 ◎課長職 係長職

[3]課長職 ◎係長職 上級職員

[2] 係長職 ◎上級職員 初級職員

[1] 上級職員 ◎初級職員

(注) ◎は基本対応職務等級を示す。

(2) 職位群は別紙「職群分類等級表」のとおりである。

店舗の営業課に配属された「課長職」の職員には、当該職員の有する資格、その直近上位資格、直近下位資格に対応する「主席営業担当」、「営業課長」、「上席営業担当」、「上級営業担当」の中から付与することになる。

(3) 平成四年四月一日付けで係長の職位が廃止された。係長の職務が課長の職務と重複する部分が比較的多いこと、組織のスリム化を図ること、同一資格同一賃金を実現すること等の必要性に基づく措置である。

(《証拠略》)

8 人事考課制度

(一) 補助参加人が昭和五五年九月一二日に制定した人事考課規程には、以下の規定がある。

(目的)

第一条 人事考課は、職員の職務遂行能力、執務態度、仕事の実績を客観的、組織的かつ定期的に観察記録し、配置・異動・昇進・昇格・賃金など、人事管理の公正な運営を促進し、かつ職員の能力向上と公正処遇を図ることを目的とする。

(評定者の責務)

第二条 評定者は、人事考課の目的を十分理解し、主観的判断を排除し、公正かつ客観的に評定しなければならない。

(評定の原則)

第三条 評定者は、次の原則に従って、厳正に評定を行なわなければならない。

(1) 評定期間以外の評定実績にとらわれないこと。

(2) 日常の観察及び指導で得た事実を集積して、適確公平に観察すること。

(3) 勤務に直接関係のない事項は評定の対象としないこと。

(4) 各評定項目について、独立の要素として、分析して評定すること。

(第四条、第五条は省略)

(資格別区分及び評定要素)

第六条 資格別区分に対応する評定要素は(別表一~四)のとおりとする。

(評定ランク)

第七条 評価は、S、A、B、C、Dの五段階とする。

(評定者と被評定者の関係)

第八条 資格別による評定者と被評定者の関係は、(別表五)のとおりとする。

(第九条ないし第一三条は省略)

(評定期間、評定時期)

第一四条 評定は、下記評定期間を対象とし、毎年五月・一一月・二月の各時期に実施する。

(1) 評定期間

ア 定期昇給

当年度 四月一日より当年度

三月三一日まで

イ 夏期臨時給与

当年度一二月一日より当年度

五月三一日まで

ウ 年末臨時給与

当年度 六月一日より当年度

一一月三〇日まで

エ 期末臨時給与

当年度 四月一日より当年度

三月三一日まで

(第一五条は省略)

(臨給の本部調整)

第一六条 臨給における評価分布基準は、S-五%・A-二五%・B-四五%・C-二二%・D-三%の範囲内において人事部において調整する。

(第一七条、第一八条、付則は省略)

(別表一)

資格別区分及び評定要素

(能力考課用) (管理者)

要素 対象資格 主事・副参事 参事

評価項目 (係長・代理)(次長)

業務管理能力

(仕事の側面)

目標設定計画能力 〇 〇

組織化能力 〇 〇

問題解決力 〇 〇

日常業務管理能力

業務遂行能力 〇 〇

判断力 〇 〇

企画力 〇 〇

折衝力 〇 〇

人事管理能力

(人の側面)

伝達能力 〇 〇

部下育成能力 〇 〇

統率力 〇 〇

執務態度

責任感 〇 〇

積極性 〇 〇

協調性 〇 〇

規律性 〇 〇

原価意識 〇 〇

経営参画意識 〇

基本的能力

業務知識・技能 〇

専門的知識 〇

識見 〇

(別表二)

資格別区分及び評定要素

(臨給考課用) (管理者)

要素 対象資格 主事・副参事 参事

評価項目 (係長・代理)(次長)

業務管理能力

(仕事の側面)

目標設定計画能力 〇 〇

組織化能力 〇 〇

問題解決力 〇 〇

日常業務管理能力

業務遂行能力 〇 〇

判断力 〇 〇

企画力 〇 〇

折衝力 〇 〇

人事管理能力

(人の側面)

伝達能力 〇 〇

部下育成能力 〇 〇

統率力 〇 〇

執務態度

責任感 〇 〇

積極性 〇 〇

協調性 〇 〇

規律性 〇 〇

原価意識 〇 〇

経営参画意識 〇

基本的能力

業務知識・技能

専門的知識

識見

(別表三)

資格別区分及び評定要素

(臨給考課用)(管理者)

要素 対象資格 主事資格職

評価項目

仕事の実績

仕事の質 〇

仕事の量 〇

目標達成度 〇

人事管理能力

(人の側面)

伝達能力 〇

部下育成能力 〇

統率力 〇

執務態度

責任感 〇

積極性 〇

協調性 〇

規律性 〇

原価意識 〇

(別表四は省略)

(別表五)

所属 被評定者

第一次評定 第二次評定 最終評定

一般職 係長 代理 店舗長

主事資格職 係長 代理 店舗長

管理職(役付資格職) 係長 代理 店舗長

係長 代理 次長 店舗長

代理 次長 店舗長 人事部長

次長 店舗長 人事部長 理事長

本部

一般職 直属所属長 部長

主事資格職 直属所属長 部長

管理職(役付資格職) 直属所属長 部長

部門長(参事以上の役付資格職を含む)

部長 人事部長 理事長

(注) 能力評定を実施するにあたり、ライン管理職と役付資格職と資格が逆転している場合は、上位資格職位が評定を行う。(但し、同列の場合は、実績・執務態度・能力等すべての評定を行う。)

(二) 右のとおり、人事考課は、定期昇給の実施並びに夏期、年末及び期末の各臨時給与の支給のために行われる。

定期昇給の考課(能力考課)においては、参事、副参事・主事及び書記一級・書記二級・書記三級用の三種類の、また、臨時給与の考課(臨給考課)においては、参事、副参事・主事(役職についている者)、主事(一般職)及び書記一級・書記二級・書記三級用の四種類の考課スケールを設けている。

考課項目は大別すると、能力考課(各資格ごとに定められた能力水準と比較し、現時点の基本的能力の水準を評価する。)、執務態度考課(仕事を遂行する過程で現れた意欲、態度面の努力等を評価する。)及び実績考課(目標や仕事の質的・量的基準を尺度としその客観的達成度を評価する。)の三種類があり、評定要素は、業務管理能力、人事管理能力、執務態度及び基本的能力の四要素を対象にしている。管理者(一般職の主事は含まれない。)の臨給考課においては、基本的能力は考課の対象とされておらず、一般職の主事の場合は、能力考課においては管理者と同様であるが、臨給考課においては評価要素は仕事の実績、人事管理能力及び執務態度の三要素が対象となっている。

(三) 後記のとおり、人事考課の過去三年分の評定結果は、昇格試験の評価項目の一つとされており、昇格試験の評価項目全体を一〇〇パーセントとすると、人事考課の占める比重は五〇パーセントである(昭和五八年度から面接と推薦を中止したため、従来三〇パーセントであった人事考課の占める比重を右のとおり変更した。)。

なお、職員は、後記昇格試験の学科試験前に人事考課結果を知らされていた。 9 昇格試験制度

(一) 補助参加人は、昭和五三年から昇格試験制度を導入した。

(二) 補助参加人の昭和五三年一〇月二四日付け昇格試験運用規程には、以下の規定がある。

(目的)

第一条 この制度は、職員の自発的な能力開発と最大限の能力発揮による上位等級への挑戦に際し、その資格・等級における職務遂行能力並びにその可能性を評定するものとし、もって人材開発の成果を大にし、組織の活力を図ることを目的とする。

(対象)

第二条 この制度は書記二級から参事までの職員を対象とする。

(受験資格)

第三条 各級満二年を経験したもので自己申告がなされた者。

2 書記一級から参事在級のもので、満一年を経験し、人事考課の決定評語が一回目A以上のもので、自己申告がなされた者。

(評価項目)

第四条 昇格試験の評価項目は、つぎのとおりとする。

<1> 人事考課(当該年度を含む最終三ヵ年の能力考課と業績考課)

<2> 推薦

<3> 学科試験

ア 業務知識

イ 専門知識(外部認定試験合格者(全信協、経済法令、キンザイ)はその科目を免除)

<4> 論文

<5> 面接

2 資格に対応する昇格試験の評価項目は、つぎのとおりとする。

<1> 書記一級の昇格試験の評価項目は、人事考課、推薦、学科試験の三項目とする。

<2> 主事から参事までの昇格試験の評価項目は、全項目とする。

<3> 副参与の昇格試験の評価項目は、学科試験を除く全項目とする。

第五条 評価項目のウエイトはつぎのとおりとする。

<1> 人事考課のウェイトは全体の三〇%とする。

ア 人事考課には、能力考課と業績考課を含み、人事考課係数をもって算出する。

<2> 推薦のウェイトは全体の一〇%とする。

ア 推薦のないものについては、本部職能部門長の意見を徴して評価を決定する。

<3> 学科試験、論文、面接のウェイトは全体の六〇%とする。

ア 各等級の学科試験、論文、面接の評定点はつぎのとおりとする。

受験等級 書記一級 主事・副参事 参事 副参与

項目

学科試験

業務知識 七〇 四〇 二〇

専門知識 三〇 二〇 四〇

論文 二〇 二〇 六〇

面接 二〇 二〇 四〇

(受験手続)

第六条 事務局より送付された受験資格者一覧表にもとづき、所属長は該当者に受験の意思を確認し、受験希望者のみ「昇格試験自己申告表」により自己申告を行わせるものとする。

2 所属長は昇格試験希望者より提出された「昇格試験自己申告表」の推薦欄に推薦するもののみ記入し、昇格試験自己申告表及び適性調査表を添え、人材本部長宛送付するものとする。

3 昇格試験自己申告表における推薦の有無、その理由については申告者に明示する。

4 昇格試験希望者のガイダンスは事務局において実施するものとする。

(試験の実施)

第七条 原則として五月より翌年二月までの間に実施する。

2 各科目の試験期日は、原則として実施日の一か月前までに公示する。

(結果の発表)

第八条 合格者については、原則として四月一日の辞令交付をもってこれに代える。

2 不合格者については、所属長を通じ各人に通知を行うこととする。

(第九条ないし第一二条及び付則は省略)

<注> 抜擢人事について

抜擢人事については、給与体系運営基準1~<8>特別昇格にもとづき運用することとする。

(三) 昭和五七年度までは、右の規定どおり、所属長による推薦(昇格試験運用規程四条<2>)及び面接(同規程四条<5>)の制度があったが、昭和五八年度からは中止された。

その結果、試験の評価項目は、<1>人事考課(能力考課・業績考課)、<2>学科試験(業務知識・専門知識)、<3>論文の三項目となり、それぞれの比重は、全体を一〇〇パーセントとすると、規定上、<1>は五〇パーセント(うち、能力考課が四〇パーセント、業績考課が一〇パーセント)、<2>は三〇パーセント(うち、業務知識が二〇パーセント、専門知識が一〇パーセント)、<3>は二〇パーセントとなった。

争いのない事実に、乙第二五八号証を併せて考えると、補助参加人の人事考課及び昇格試験制度については以下のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

人事考課の評定は、S、A、B、C、Dと決定され、これを決定評語というが、それぞれ六点、五点、四点、三点、二点と点数化される。そして、能力考課の場合は、過去三年間の決定評語の点数の合計点(最高点は六点×三で一八点、最低点は二点×三で六点。)を一八で除して一〇〇を乗じて一〇〇点満点に換算し、能力考課のウェイトである〇・四を乗じて評定点とし、能力考課の場合は、一年三回過去三年間で合計九回になるが、昇格試験実施年度の期末臨給は時期的にまだ実施されていないので、八回の決定評語の点数の合計点(最高点は六点×八で四八点、最低点は二点×八で二四点。)を四八で除して一〇〇を乗じて一〇〇点満点に換算し、臨給考課のウェイトである〇・一を乗じて評定点としてそれぞれ昇格試験の点数とする。

次に、学科試験のうちの業務知識は、内部事務編、融資編、得意先係編の三分野があるが、店舗在勤者については、担当業務分野が四〇点、その他の二分野が三〇点とされ、本店在勤者については、選択した分野が六〇点、その他の二分野が二〇点とされている。これは、店舗在勤者の傾斜配点については、日常担当している分野の比率を高くして受験者の負担を軽くするためのものであり、本部在勤者の傾斜配点については、日常の担当業務の中で業務知識に接する機会が少ないことを考慮したものである。

学科試験のうちの専門知識は、金融法務・税務・財務分析の三分野があるが、右三分野の比率は同一である。

論文試験は、総合的な知識や判断力等を審査する目的で導入されたものである。論文試験の採点は、補助参加人から任命された役職員二名がそれぞれ受験者全員分を採点するが、第一次採点者と第二次採点者の評点に著しく差が出た場合には協議をするなどして調整し公平を期することとされていた。

10 副参事への昇格

(一) 原告丙原は昭和三七年に、原告丁田及び原告戊野は昭和三九年に、原告丙田は昭和四〇年にそれぞれ補助参加人に雇用されたが、前記のとおり、解雇され、昭和五五年一〇月一五日の本件和解協定により復職した。

昭和五六年四月一日、補助参加人は、三三歳主事自動昇格制を導入し、同月一日付けで六三名を主事に昇格させ、この中には原告丙原外三名も含まれていた。 その後、原告組合は、補助参加人に対し、昭和五七年四月一九日及び昭和五八年五月一〇日、差別是正要求書等を提出し、原告組合の組合員に資格に相当する職位を与えること、副参事に昇格させることを求めた。また、機会あるごとに同様の要求をしたが、解決をみなかった。このため、原告組合は、昭和六〇年二月、都労委に対し、和解協定違反、不履行の是正を求めていわゆるアフターケアの申出をした。

その結果、自主交渉が行われ、補助参加人と原告組合は原告丁原外一三名を副参事に昇格させることに合意し、補助参加人は、前記のとおり、昭和六〇年一二月二〇日、同原告らを昭和五九年一〇月一五日付けで認定副参事とする辞令を交付した。

(二) 補助参加人と原告組合は、本件和解協定において、職場復帰者に七日間の特別研修を行うこと及び組合員が適正に能力を発揮して職務を遂行できるよう、特別な職務ローテーションを組んで行うこと等について合意した。

さらに、本件和解協定後の昭和五五年一〇月二一日、補助参加人と原告組合は、前記和解条項に関し、特別研修は原告組合の組合員の在籍者も復帰者と同一のカリキュラムで行うこと、原告組合の組合員は効果測定(当時の効果測定は初級コースと上級コースがあり、原告組合の組合員らは上級コースの対象者となっていた。上級コースの科目は、金融法務、財務分析、得意先、融資、事務の各科目で昇格試験科目に対応したものであった。なお、原告組合はそれまで効果測定を受けることを拒否していた。)を特別研修終了後一月実施分から受けること等を確認した。

そして、補助参加人は、昭和五五年一二月に特別研修を二日間、得意先係員はさらに一日行った。また、原告組合の組合員は、昭和五六年一月から効果測定を受けた。職務ローテーションについては、補助参加人は職員の店舗内配置がうまくいかないとして行わなかった。

補助参加人における集合研修には、希望者を募って行う自己啓発講座と補助参加人の業務上の必要から対象者を指名して行う研修がある。そして、昭和六〇年度の各研修への原告組合の組合員の参加状況は以下のとおりである。

(1) 補助参加人は、当時担保督促係員であった原告丙原は新任ではないとして、担保督促研修会への出席の指名をしなかったが、原告丙原は雇用以来初めて担保督促係員となったものであった。また、補助参加人は、同研修会は、書記一級以下の若い者を対象にしたものであり、原告丙田は書記一級以下に該当しないとして出席の指名をしなかった。

(2) 渉外能力開発講座は、得意先係員のうち、主事、推進役以下の者、各店一名を対象として行われたが、原告組合の組合員は出席の指名をされなかった。

(3) その他の講座として、税務講座、外国為替実務講座等があり、各店二名から三名を対象として行われたが、原告組合の組合員は出席の指名をされなかった。

(三) 原告丙原外三名の副参事昇格試験受験の実績及び試験の得点は以下のとおりであり、いずれも不合格であった(年度はいずれも昭和を省略している。以下の表でも同様である。)。

(1) 受験実績

五八年度 五九年度 六〇年度 六一年度 六二年度

丙原 × 〇 × 〇 〇

丁田 〇 〇 × 〇 〇

戊野 〇 〇 × 〇 〇

丙田 〇 〇 〇 〇 〇

(2) 得点

人事考課 学科試験 論文 合計

五八年度 能力業績 専門業務

平均 4・51 10・74 10・9

丁田 16・7 5・2 4・2 11・0 9・0 46・1

戊野 16・7 4・0 3・4 7・2 11・0 42・3

人事考課 学科試験 論文 合計

五九年度 能力業績 専門業務

平均 4・17 11・7 10・42

丙原 13・3 4・2 0・6 7・5 9・0 34・6

丙田 22・2 6・5 4・6 13・3 10・6 57・2

なお、合格者の最低点は昭和五八年度が七一・三点であり、昭和五九年度が七三・五点であった。

(四) 給与年齢三八歳の時点における雇用年度別資格分布状況は以下のとおりである。なお、昭和五七年度は原告丙原の、昭和五九年度は原告丁田、昭和六〇年度は原告丙田の該当する年度であるが、いずれも同人らを除いた数である。 年度 雇用年度 資格 副参事以上

主事以下 副参事 参事以上 計 上の比率

五四 大卒三八年 三 八 四 一五

高卒三四年 二 一 〇 三 併せて七二・二%

五五 大卒三九年 三 一 九 一三

高卒三五年 二 二 〇 四 併せて七〇・六%

五六 大卒四〇年 二 一一 〇 一三

高卒三六年 一 一 一 三 併せて八一・三%

五七 大卒四一年 一 一三 〇 一四

高卒三七年 二 二 〇 四 併せて八三・三%

五八 大卒四二年 二 一〇 〇 一二

高卒三八年 二 三 〇 五 併せて七六・五%

五九 大卒四三年 〇 四 二 六

高卒三九年 〇 二 〇 二 併せて一〇〇%

六〇 大卒四四年 三 九 〇 一二

高卒四〇年 二 一 〇 三 併せて六六・七%

六一 大卒四五年 五 八 〇 一三

高卒四一年 三 〇 〇 三 併せて五〇%

六二 大卒四六年 六 一〇 〇 一六

高卒四二年 〇 一 〇 一 併せて六四・七%

(五) 人事考課(定期昇給考課。昇格試験の際の人事考課中、能力考課に当たる。)は、S、A、B、C、Dの五段階で行われるが、原告組合の組合員男性の人事考課の本件和解協定後の年度別分布は以下のとおりであって、S及びAの考課を受けた者はいない(数字の単位は人であり、括弧内の比率は原告組合の組合員男性の中で占める割合である。)。

年度 評定ランク

B C D

五六 一(四・五%) 一〇(四五・四%) 一一(五〇%)

五七 一(四・五%) 五(二二・七%) 一六(七二・七%)

五八 三(一三・六%) 一〇(四五・四%) 九(四〇・九%)

五九 五(二二・七%) 九(四〇・九%) 八(三六・三%)

六〇 五(二二・七%) 一二(五四・五%) 五(二二・七%)

六一 五(二二・七%) 一四(六三・六%) 三(一三・六%)

六二 六(二七・二%) 一四(六三・六%) 二(九・〇%)

また、原告組合の組合員全員の人事考課(定期昇給考課)を補助参加人の職員全員の中でみると分布状況は以下のとおりである。

年度 ランク 全体 芝労組の組合員及び非組合員 原告組合の組合員

五九

S 〇 〇 〇

A 三〇〇 三〇〇 〇

(二九・四四%) (三〇・五二%)

B 五六五 五五七 八

(五五・四五%) (五六・六六%) (二二・二二%)

C 一二九 一一二 一七

(一二・六六%) (一一・三九%) (四七・二二%)

D 二五 一四 一一

(二・四五%) (一・四二%) (三〇・五六%)

六〇

S 三 三 〇

(〇・三三%) (〇・三四%)

A 三二六 三二六 〇

(三五・九四%) (三七・三九%)

B 四八〇 四七二 八

(五二・九二%) (五四・一三%) (二二・八六%)

C 八九 六七 二二

(九・八一%) (七・六八%) (六二・八六%)

D 九 四 五

(〇・九九%) (〇・四六%) (一四・二九%)

六一

S 五 五 〇

(〇・五四%) (〇・五六%)

A 三三四 三三四 〇

(三五・八四%) (三七・二四%)

B 四六九 四五九 一〇

(五〇・三二%) (五一・一七%) (二八・五七%)

C 一一七 九四 二三

(一二・五五%) (一〇・四八%) (六五・七一%)

D 七 五 二

(〇・七五%) (〇・五六%) (五・七一%)

(六) 原告丙原外三名の復職後の年度別臨給考課(昇格試験の際の人事考課中、業績考課に当たる。)結果は以下のとおりである。

年度 五五年度 五六年度 五七年度 五八年度

氏名

丙原

夏 D D C

冬 B 不明 D C

期末 D D D D

丁田

夏 D B B

冬 B 不明 B B

期末 D C B B

戊野

夏 D D C

冬 B 不明 D C

期末 D D C C

丙田

夏 不明 B B

冬 B 不明 B B

期末 D 不明 B B

年度 五九年度 六〇年度 六一年度 六二年度

氏名

丙原

夏 C C B B

冬 C C B B

期末 C B B C

丁田

夏 B B B B

冬 B B B B

期末 B C B C

戊野

夏 C C C C

冬 C C C C

期末 C C C C

丙田

夏 B B B B

冬 B B B B

期末 B B B B

(七) 原告丙原外三名の各年度における人事考課評定者及びその労組役員歴は以下のとおりである。なお、補助参加人と芝労組との労働協約によれば、支店長代理(店舗長代理)は組合員とされていた。

(1) 原告丙原

年度 役職 氏名 労組役員歴等

五八年度

支店長 松尾 清 代議員二年

次長 飯島輝雄 代議員六年

支店長代理 渡辺正三郎 実行委員九年、副実行委員長一年、代議員二年、代議員会副議長一年

係長 市東博行 支部長一年、代議員三年

五九年度

支店長 松尾 清 前出

次長 飯島輝雄 前出

支店長代理 佐藤綽一 実行委員二年、副実行委員長七年、支部長一年

六〇年度

支店長 斎田敬幸 支部長一年

次長 飯島輝雄 前出

支店長代理 渡辺正三郎 前出

係長 岡村善雄 支部長三年、代議員一年、実行委員二年

六一年度

支店長 小林栄一 支部長二年、代議員二年

次長 宇田川茂 代議員四年

支店長代理 片岡陽一 支部長二年、代議員三年

係長 中矢英三 支部長一年、代議員一年

六二年度

支店長 小林栄一 前出

次長 荷山重臣 支部長一年、代議員五年

支店長代理 片岡陽一 前出

係長 中矢英三 前出

(2) 原告丁田

五八年度

支店長 井草 茂 なし

次長 川橋啓市 支部長一年、副実行委員長二年

支店長代理 星野真一郎 実行委員五年、副実行委員長二年

係長 佐々木洋一郎 支部長五年、代議員一年

五九年度

支店長 井草 茂 前出

次長 川橋啓市 前出

支店長代理

係長 佐々木洋一郎 前出

六〇年度

支店長 井草 茂 前出

次長 川橋啓市 前出

支店長代理 横川継男 支部長一年、代議員一年

係長 佐々木洋一郎 前出

六一年度

支店長 井草 茂 前出

次長 小野沢義博 代議員一年

支店長代理 横川継男 前出

係長 佐々木洋一郎 前出

六二年度

支店長 佐藤俊明 実行委員二年、代議員会議長一年、評議員会会長一年

次長 徳田 実 支部長一年、代議員六年

支店長代理 嶋田 薫 支部長一年、代議員三年

係長 黒島昭夫 実行委員九年

(3) 原告戊野

五八年度

支店長 田中正美 なし

次長 佐々木藤美 支部長二年

支店長代理 恒任邦昭 支部長四年、代議員二年、実行委員四年、副実行委員長一年

係長 粟井孝一郎 なし

一瀬正治 なし

五九年度

支店長 渡辺敏郎 なし

次長 佐々木藤美 前出

支店長代理 恒任邦昭 前出

係長 岡田好司 代議員二年

六〇年度

支店長 渡辺敏郎 前出

次長 荷山重臣 前出

宮尾尚敬 支部長四年、実行委員二年

支店長 岡田好司 前出

代理 粟井考一郎 前出

六一年度

支店長 天海清文 代議員四年

次長 徳田 実 前出

支店長代理 仲渡健一 代議員四年、実行委員三年

係長 門松秀雄 支部長二年、実行委員六年、副実行委員長二年

六二年度

支店長 益田武雄 支部長二年

次長 長瀬隆夫 支部長四年、実行委員一年

支店長代理 古屋 弘 支部長二年

係長 松林謙一 支部長二年、代議員六年、実行委員三年

(4) 原告丙田

五八年度

支店長 中野 洋 実行委員二年、支部長三年、代議員会議長一年

次長 荷山重臣 前出

支店長代理 米倉寿士 支部長一年、代議員七年

係長 木内義忠 支部長二年、代議員四年

五九年度

支店長 中野 洋 前出

次長 荷山重臣 前出

支店長代理 七沢渉治 代議員二年、実行委員五年、副実行委員長二年、評議員七年

係長 木内義忠 前出

六〇年度

支店長 中野 洋 前出

次長 梅井 昇 代議員二年

支店長代理 岸本 蕃 支部長一年、代議員一年

係長 木内義忠 前出

六一年度

支店長 渡辺敏郎 前出

次長 宮尾尚敬 前出

荷山茂臣 前出

支店長代理 粟井孝一郎 前出

係長 明石慶三郎 支部長一年

六二年度

支店長 渡辺敏郎 前出

次長 宮尾尚敬 前出

支店長代理 荒木幸男 支部長一年、代議員三年

係長 明石慶三郎 前出

山本晃司 支部長一年、実行委員六年

(八) 昭和六二年一月三一日現在の給与年齢別主事・副参事の人数は、以下のとおりである。

主事 副参事

年齢 人数 原告組合の組合員氏名 人数 原告組合の組合員氏名

五三 〇 四 乙山

五二 〇 九 甲野

五一 〇 七 丙川、戊田、丁原

五〇 〇 三

四九 〇 八 乙野

四八 〇 五 丙山

四七 〇 五 丁川、戊原

四六 〇 八 甲川

四五 〇 八 丁野、乙原、戊山

四四 〇 一〇 乙川、甲山、乙田

四三 〇 九

四二 二 丙原 一一

四一 三 八

四〇 三 丁田、戊野 九

三九 八 丙田 九

原告組合の組合員一名

三八 一〇 一二

三七 九 八

三六 二五 一〇

三五 二六 七

三四 三六 二

三三 四七 〇

三二 五〇 〇

三一 一六 〇

三〇 一二 〇

二九 一 〇

11 店舗長代理の職務等

(一) 店舗長代理の職務等

店舗長代理の職務権限のうちの基本的任務は以下のとおり定められている。なお、店舗では、次長以上の職位については出勤簿はなく、残業手当も支払われていないが、店舗長代理以下の職位については出勤簿によるチェックを受け、残業手当も支払われ、組合員資格も認められている。

(1) 事務(ロビーを含む。)担当支店長代理(店舗長代理)

<1> 事務・ロビー担当代理は、事務係長、ロビー係長を指揮・監督し、各種業務活動に伴う事務処理・ロビー営業活動を統括することにより、店舗長を補佐する。

<2> 事務処理の迅速かつ正確な処理及びロビー営業活動を通じて、会員・取引先の増加と預金の増強を積極的に推進し、あわせて顧客サービスと事務能率の向上につとめ、業績の伸展に寄与する。

(2) 融資担当支店長代理(店舗長代理)

<1> 融資担当代理は、融資係長を指揮・監督し、融資業務を統括することにより、店舗長を補佐する。

<2> 融資業務を通じて、会員・取引先の増加と預金・貸出金の増強を積極的に推進し、あわせて貸出金の効率的運用と健全化につとめる。

(3) 得意先担当支店長代理(店舗長代理)

<1> 得意先担当代理は、得意先係長、営業管理係を指揮・監督し、外部営業活動を統括し、店舗の営業を推進することにより、店舗長を補佐する。

<2> 会員・取引先の増加を通じて、預金・貸出金等の増強を積極的に推進する。

(二) 係長の職務

係長の職務権限のうち、人事管理に関する定めをみると、係員の職場内教育訓練実施計画の立案、実施や係員の人事考課と業績評価等を行うとされている。

12 別件女性差別訴訟

補助参加人の女性の職員一三名(退職者を含む。)は、女性であることを理由として同期同給与年齢の男性職員と比較して昇格及び昇進において差別されたと主張して、課長職の資格と課長の職位にあることの確認、差額賃金の支払及び不法行為による損害賠償を請求して東京地方裁判所に提訴した(昭和六二年(ワ)第八二八五号差額賃金請求事件、以下「別件女性差別訴訟」という。)。東京地方裁判所は、平成八年一一月二七日、別件女性差別訴訟の原告らの請求を一部認容する判決を言い渡した。この判決に対し、補助参加人及び別件女性差別訴訟の原告ら双方が東京高等裁判所に控訴し、現に係属中である(平成八年(ネ)第五五四三号、同年(ネ)第五七五八号)。

(《証拠略》)

13 本件初審命令

原告組合は、都労委に対し、昭和六二年六月一八日、補助参加人を被申立人として不当労働行為の救済申立てをした(昭和六二年(不)第四五号事件)が、これに対し、都労委が平成元年五月二三日付けで発した命令(本件初審命令)の主文は以下のとおりである。

1 被申立人芝信用金庫は、申立人芝信用金庫従業員組合から金庫施設の利用申入れを受けた場合、申立外芝信用金庫労働組合と差別する取扱いをしてはならない。

2 被申立人は、申立人組合の永年勤続表彰は他の職員と区別することなく、すべて同一条件で行わなくてはならない。

3 被申立人は、職員慰安旅行、歓送迎会、新年会および忘年会に申立人組合員が参加できるよう積極的に職場環境整備に努めなければならない。

4 被申立人は、申立人組合からの傷病扶助制度および人間ドック制度に関する協定締結申入れに対して、「平和条項」締結を条件にこれを拒否してはならない。

5 被申立人は、申立人組合員乙山松夫を昭和五七年四月一日付で、同丙川竹夫を昭和五七年一〇月一四日付で、同甲野太郎を昭和五六年一〇月一日付でそれぞれ店舗長代理の職位を付与したものとして取扱わなければならない。

6 被申立人は、申立人組合員丁原梅夫、同戊田春夫、同甲田夏夫、同乙野秋夫、同丙山冬夫、同丁川一郎、同戊原二郎、同甲川三郎、同乙原四郎、同丁野五郎、同戊山六郎、同甲山七郎、同乙川八郎および同乙田三男を昭和五九年一〇月一五日付でそれぞれ係長もしくは推進役の職位を付与したものとして取扱い、さらに、昭和六一年四月一日付でそれぞれ店舗長代理の職位を付与したものとして取扱わなければならない。

但し、甲田夏夫に対する取扱いは昭和六二年七月四日までとし、戊山六郎に対する取扱いは同年七月二〇日までとする。

7 被申立人は、申立人組合員丁田十郎および同戊野一男を昭和五八年度昇格試験に合格したものとして、昭和五九年四月一日付で副参事に昇格させ、同日付で係長もしくは推進役の職位を付与したものとして取扱い、さらに昭和六二年四月一日付で店舗長代理の職位を付与したものとして取扱わなければならない。

8 被申立人は、申立人組合員丙原九郎および丙田二男を昭和五九年度昇格試験に合格したものとして、昭和六〇年四月一日付で副参事に昇格させ、同日付で係長もしくは推進役の職位を付与したものとして取扱い、さらに昭和六三年四月一日付で店舗長代理の職位を付与したものとして取扱わなければならない。

9 被申立人は、第五項、第六項、第七項および第八項によって生ずる増額支給額を各支払日の翌日から支払済まで、年五分の割合による金員を付加して支払わなければならない。

一〇 被申立人は、本命令書受領の日から一週間以内に、下記の文書を五五センチメートル×八〇センチメートル(新聞紙二頁大)の白紙に明瞭に墨書して、金庫本店食堂の見易い場所に一〇日間掲示するとともに同文を本命令書受領後直近発行の社内報「しば」の第一面に掲載しなければならない。

年 月 日

芝信用金庫従業員組合

執行委員長 丙川竹夫殿

芝信用金庫

理事長 近藤竜一

当金庫が、貴組合から申入れのあった施設利用を拒否したことおよび傷病扶助制度、人間ドック制度についての協定締結申入れを「平和条項」締結を条件に拒否したことおよび永年勤続表彰を他の職員と別個に行ったことおよび職員慰安旅行、歓送迎会、新年会、忘年会等に貴組合員が参加できるよう講じなかったことならびに男子組合員の昇格、昇進を行わなかったことは不当労働行為であると東京都地方労働委員会において認定されました。

今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。

(注、年月日は掲示の日と掲載の日を記載すること。)

11 被申立人は、前記第五項ないし第一〇項を履行したときは、すみやかに当委員会に文書をもって報告しなければならない。

14 本件命令

補助参加人は、被告に対し、平成元年六月二八日、本件初審命令を不服として、原告組合を再審査被申立人として再審査の申立てをした(平成元年(不再)第六六号事件)が、被告が平成四年八月五日付けで発した命令(本件命令)の主文は以下のとおりである。

[1] 初審命令主文第二項を次のように変更する。

2 再審査申立人は、再審査被申立人組合員の永年勤続表彰を他の職員と区別することなく、すべて同一条件で行うことができるよう早急に職場環境整備に努めなければならない。

[2] 初審命令主文第三項を次のように変更し、同項に係るその余の再審査被申立人の救済申立てを棄却する。

3 再審査申立人は、職員慰安旅行に再審査被申立人組合員が参加できるように積極的に職場環境整備に努めなければならない。

[3] 初審命令主文第五項及び第六項を次のとおりに変更し、これらの項に係るその余の再審査被申立人の救済申立てを棄却する。

5 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員乙山松夫、同丙川竹夫及び同甲野太郎を昭和六一年六月一八日付けで店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

6 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員丁原梅夫、同戊田春夫、同甲田夏夫、同乙野秋夫、同丙山冬夫、同丁川一郎、同戊原二郎、同甲川三郎、同乙原四郎、同丁野五郎、同戊山六郎、同甲山七郎及び同乙川八郎を昭和六一年六月一八日付けで係長又は係長待遇の推進役に昇進したものとし、さらに、同年一〇月一五日付けで店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

但し、甲田夏夫については昭和六二年七月四日までとし、戊山六郎については同年七月二〇日までとする。

[4] 初審命令主文第七項を次のように変更し、第八項を削り、これらの項に係るその余の再審査被申立人の救済申立てを棄却する。

7 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員丁田十郎、同戊野一男、同丙原九郎及び同丙田二男を昭和六一年六月一八日付けで係長又は係長待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

[5] 初審命令主文第九項中、「、第七項および第八項」を「及び第七項」に改め、同項を第八項とする。

[6] 初審命令主文第一〇項中、「被申立人」を「再審査申立人」に、「丙川竹夫」を「丙山冬夫」に、「東京都地方労働委員会」を「中央労働委員会」に改め、「、歓送迎会、新年会、忘年会等」及び「昇格、」を削り、同項を第九項とし、同項に係るその余の再審査被申立人の救済申立てを棄却する。

[7] 初審命令主文第一一項中、「第一〇項」を「第九項」に改め、同項を第一〇項とする。

[8] 再審査被申立人の昭和六一年六月一七日以前の昇進に係る救済申立てを却下する。

[9] 乙田三男に係る初審命令を取り消し、同人に係る再審査被申立人の救済申立てを却下する。

[10] その余の本件再審査申立てを棄却する。

二 原告らが取消しを求める本件命令の主文のうち、被告が本件初審命令を取り消して救済申立てを棄却した部分等

1 本件命令の主文第[2]項

(一) 本件初審命令主文第3項

被申立人は、職員慰安旅行、歓送迎会、新年会及び忘年会に申立人組合員が参加できるように積極的に職場環境整備に努めなければならない。

(二) 本件命令

再審査申立人は、職員慰安旅行に申立人組合員が参加できるように積極的に職場環境整備に努めなければならない。

(三) 被告が救済申立てを棄却した部分

補助参加人において、原告組合の組合員が参加できるように積極的に職場環境整備に努めるべき対象のうち、「歓送迎会、新年会及び忘年会」に関する部分

2 本件命令の主文第[3]項及び第[8]項

(一) 本件初審命令主文第5項及び第6項

5 被申立人は、申立人組合員乙山松夫を昭和五七年四月一日付けで、同丙川竹夫を昭和五七年一〇月一四日付けで、同甲野太郎を昭和五六年一〇月一日付けでそれぞれ店舗長代理の職位を付与したものとして取り扱わなければならない。 6 被申立人は、申立人組合員丁原梅夫、同戊田春夫、同甲田夏夫、同乙野秋夫、同丙山冬夫、同丁川一郎、同戊原二郎、同甲川三郎、同乙原四郎、同丁野五郎、同戊山六郎、同甲山七郎、同乙川八郎および同乙田三男を昭和五九年一〇月一五日付でそれぞれ係長もしくは推進役の職位を付与したものとして取扱い、さらに、昭和六一年四月一日付でそれぞれ店舗長代理の職位を付与したものとして取扱わなければならない。

但し、甲田夏夫に対する取扱いは昭和六二年七月四日までとし、戊山六郎に対する取扱いは同年七月二〇日までとする。

(二) 本件命令

(第[3]項)

5 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員乙山松夫、同丙川竹夫及び同甲野太郎を昭和六一年六月一八日付けで店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

6 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員丁原梅夫、同戊田春夫、同甲田夏夫、同乙野秋夫、同丙山冬夫、同丁川一郎、同戊原二郎、同甲川三郎、同乙原四郎、同丁野五郎、同戊山六郎、同甲山七郎及び同乙川八郎を昭和六一年六月一八日付けで係長又は係長待遇の推進役に昇進したものとし、さらに、同年一〇月一五日付けで店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

但し、甲田夏夫については昭和六二年七月四日までとし、戊山六郎については同年七月二〇日までとする。

(第[8]項)

再審査申立人の昭和六一年六月一七日以前の昇進に係る救済申立てを却下する。

(三) 被告が救済申立てを却下し、又は棄却した部分

(救済申立てを却下した部分)

昭和六一年六月一七日以前の昇進に係る部分

(救済申立てを棄却した部分)

5項につき

付与したものとして取り扱わなければならない職位を店舗長代理に限っていた部分(「店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない」とした。)

6項につき

昇進の時期につき、昭和六一年一〇月一四日以前の(店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役への)昇進に係る部分。ただし、昭和六一年六月一八日付けで係長又は係長待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならないとした。

3 本件命令の主文第[4]項

(一) 本件初審命令主文第7項及び第8項

7 被申立人は、申立人組合員丁田十郎及び同戊野一男を昭和五八年度昇格試験に合格したものとして、昭和五九年四月一日付けで副参事に昇格させ、同日付けで係長若しくは推進役の職位を付与したものとして取り扱い、さらに昭和六二年四月一日付けで店舗長代理の職位を付与したものとして取り扱わなければならない。

8 被申立人は、申立人組合員丙原九郎及び丙田二男を昭和五九年度昇格試験に合格したものとして、昭和六〇年四月一日付で副参事に昇格させ、同日付で係長若しくは推進役の職位を付与したものとして取り扱い、さらに昭和六三年四月一日付で店舗長代理の職位を付与したものとして取り扱わなければならない。

(二) 本件命令

7 再審査申立人は、再審査被申立人の組合員丁田十郎、同戊野一男、同丙原九郎及び同丙田二男を昭和六一年六月一八日付けで係長又は係長待遇の推進役に昇進したものとして取り扱わなければならない。

(三) 被告が救済申立てを却下し、又は棄却した部分

(救済申立てを却下した部分)

昭和六一年六月一七日以前の昇進に係る部分

(救済申立てを棄却した部分)

7項及び8項につき

副参事に昇格させ、店舗長代理の職位を付与したものとして取り扱わなければならないとした部分

4 本件命令の主文第[5]項から第[7]項まで

これらは、賃金の差額の支払及びポスト・ノーティス並びに労働委員会に対する履行の報告に関するものであるが、本件命令は、右のとおり昇格、昇進に関する本件初審命令の判断を改めたので、その限度で原告らの救済申立てを棄却することとなったものである。

三 争点

1 原告適格について

原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、本件取消訴訟において原告適格を有するか。

2 歓送迎会、新年会及び忘年会について

歓送迎会、新年会及び忘年会の開催は補助参加人の行為といえるか。

3 昇進、昇格に関する不当労働行為救済申立てと労働組合法二七条二項の定める期間(除斥期間)の遵守について

補助参加人がした、職位に昇進させないという決定、昇格させないという決定は、これが組合差別的な行為に当たるとして、労働組合法二七条二項にいう「継続する行為」に当たるか。

4 原告甲野外一五名に付与されるべき職位と救済方法の明確化について

本件命令は、原告甲野外一五名に対し、店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役という職位を付与すべきものとしているが、「店舗長代理待遇の推進役」は何を意味するか。この表現は明確なものといえるか。また、それが「本部の推進役」も「店舗の推進役」も含む趣旨であるとすれば、「店舗の推進役」は原告甲野外一五名に付与すべき職位として適切か。

5 原告丙原外三名を副参事に昇格させないこと及び店舗長代理に昇進させないことと不当労働行為の成否

補助参加人が、原告丙原外三名を副参事に昇格させず、さらに、店舗長代理に昇進させなかったことは、労働組合法七条一号の不利益な取扱いに当たり、又は労働組合法七条三号の支配、介入に当たるか。

6 退職等による職員の地位の喪失、新人事制度に基づく職位の付与と訴えの利益について

原告戊山が辞職申出により退職し、原告甲田、原告乙山、原告丙川、原告甲野、原告丁原、原告戊田、原告乙野及び原告丙山がいずれも定年で退職し、原告乙原が死亡したこと、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名が新人事制度に基づき職位を付与されたことによって、本件取消訴訟の訴えの利益は右各原告との関係では消滅したといえるか。

第三  当事者の主張

一  原告らの主張

1 原告甲野外一五名及び原告丙原外三名の原告適格について

労働委員会命令取消訴訟において、原告適格を有する者は、当該命令の取消しを求めるにつき「法律上の利益(行政事件訴訟法九条)」を有するものでなければならないが、「法律上の利益」を有するか否かは、命令主文において不利益な取扱いを受けたか否かを基準として決せられるものである。

ところで、原告丙原外三名は、本件初審命令では昇格が認められたのに、本件命令では認められず、また、原告甲野外一五名は、本件命令において、本件初審命令に比較し、昇進すべき職位及びその時期についていずれも不利益に変更された。

このように、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、本件命令主文において、本件初審命令に比較して、いずれも不利益な取扱いを受けているのであるから、本件命令の取消しを求める法律上の利益を有するものであり、原告適格を有する。

2 歓送迎会等について

歓送迎会の費用は、支店の褒賞金という支店の金員から支出されていること、歓送迎会等は、支店長(店舗長)、次長も出席して開催されていること、補助参加人の発刊物に歓送迎会等の記事が載せられていること、及び補助参加人は本件和解協定において原告組合の組合員を歓送迎会等にも参加させることを合意していること等から、歓送迎会等の開催は補助参加人の行為であり、補助参加人が、原告組合の組合員の歓送迎会等への参加を拒むことは不当労働行為である。

3 原告甲野外一五名に対する昇進差別と除斥期間及び付与されるべき職位について

(一) 除斥期間

昇格・昇進差別は、差別された格付け、職位を基に次の昇格・昇進が決定され、昇格・昇進差別が拡大、累積する性質を有するから、最初の昇格・昇進差別に遡って累積したすべての昇格・昇進差別を是正することを要し、累積したすべての昇格・昇進差別が労働組合法二七条二項にいう「継続する行為」に当たるものと解すべきである。

また、原告甲野外一五名に対する昇進差別は、本件和解協定違反であり、原告らが補助参加人に対し、機会あるごとにその是正を求めてきたのに、補助参加人は従前の不当な査定制度を維持しながら一貫した不当労働行為意思をもって昇進差別を続けてきたものであるから、原告甲野外一五名に対する昇進差別は労働組合法二七条二項にいう「継続する行為」に当たるものと解すべきである。

(二) 原告甲野外一五名に付与されるべき職位

被告は、本件命令において、原告甲野外一五名に付与されるべき職位を店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役とするが、店舗長代理待遇の推進役には、<1>店舗長代理と同様に部下がおり、その責任加給も店舗長代理と同じ一万六〇〇〇円の店舗長代理と同職位の推進役(本部の推進役)と、<2>店舗長代理と異なり部下はおらず、その責任加給も店舗長代理より低い推進役(店舗の推進役)という待遇の異なる二つの推進役がある。本件命令にいう店舗長代理待遇の推進役が、<1>だけでなく<2>も含むという趣旨、あるいは、<2>に限定する趣旨であるとすれば、本件昇進差別の救済として不十分であるし、まだ、<1>に限定する趣旨であったとすれば、本件命令の表現では、<2>も含むと解される余地があり、明確性に欠けるから、いずれにしても、本件命令は、この点につき、被告がその裁量権を逸脱したものとして取消しを免れない。

4 補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないこと及び店舗長代理に昇進させないことと不当労働行為の成否について

補助参加人は、原告丙原外三名を副参事に昇格させず、店舗長代理に昇進させない。これは、原告丙原外三名が原告組合所属の組合員であることを理由とする昇格差別及び昇進差別であり、労働組合法七条一号にいう不利益な取扱いに当たる。

本件には、補助参加人が原告甲野外一五名及び原告丙原外三名全員について不当労働行為意思を有していること、原告丙原外三名と同期・同給与年齢の芝労組の組合員との間に、副参事昇格及び店舗長代理昇進について明確な不利益格差があることという特質がある。これらの特質からすれば、原告丙原外三名が原告組合所属の組合員であることを理由とする昇格差別及び昇進差別を受けていると一般的にみることができる。そうである以上、原告丙原外三名に対する昇格差別及び昇進差別を否定するには、右の特質を排除する特別の合理的な理由が必要であるが、そのような特別の合理的な理由は存在しない。

(一) 副参事昇格試験の不公正

(1) 係長昇進差別(副参事昇格試験合格の決定的条件としての係長昇進の欠如)

補助参加人は、職位の上で係長に昇進していない限り副参事に絶対に昇格させない。係長昇進は、副参事昇格試験合格の決定的条件である。しかるに、補助参加人は、不当労働行為により原告丙原外三名を係長に昇進させないから、原告丙原外三名は副参事に昇格させられない。これは、補助参加人が不当労働行為により条件成就を妨げているものである。

(2) 人事考課差別(合格を困難にする低い査定)

副参事昇格試験では人事考課においていかなる評定を受けるかが合否を左右する。人事考課においてB以下の評定をされれば、それだけで合格できないことになる。原告丙原外三名は、昭和五六年以降、補助参加人の不当労働行為によりB以下に評定されていた。

ア 補助参加人は、原告丙原外三名に対し、その能力が十分に発揮しえないように、同原告らに与える仕事、すなわち、係、担当地域及び業務目標について不当な差別をし、場合によっては、原告組合の組合員だけにのみ仕事の実績が上がりにくい地域を新たに設定してまで担当させていた。

イ 補助参加人は、原告丙原外三名の査定者に原告組合を嫌悪し敵対する芝労組の幹部等を配置して、原告丙原外三名の実績が上がっても査定を低くする仕組みにしており、原告丙原外三名に対する査定が公正に行われたはずがない。

(3) 学科試験及び論文試験の不公正(受験勉強意欲の減殺並びに知識及び経験習得の機会剥奪)

補助参加人は、次に述べるとおり、不当労働行為により原告丙原外三名がよい得点を取ることができないようにしていたのであるから、原告丙原外三名が副参事昇格試験に不合格になったのは得点が低いためであるということは許されない。

ア 係長昇進差別及び人事考課差別による受験勉強意欲の減殺

原告丙原外三名は、学科試験及び論文試験受験前に、係長昇進差別及び人事考課差別により、副参事昇格試験に不合格となることが分かっていた。そのため、受験勉強の意欲が減殺された。このような試験で合格点を取ることを要求することは不可能を強いるものである。

イ 学科試験及び論文試験合格に必要な知識及び経験習得の機会の面での不公正

<1> 係長に昇進すれば、「新任係長合宿研修」を受けることができ、更に、担当職務により、「新任融資役付研修会」、「定期積金増強講座」、「新任事務役付研修会」、「しんきん保証基金研修会」、「外国為替実務研修」等の研修を受けることができる (《証拠略》)。係長は、これらの研修において、「管理者の条件」、「部下の育成、指導」、「融資管理のポイント」、「融資申請上の問題点」、「債権管理」、「事務管理の基本」、「事故事例とその対応」、「輸出為替の実務と取引推進策」、「輸入為替の実務と取引推進策」、「しんきん保証付融資の拡充、審査・管理」、「代位弁済手続」等について、金融機関の職員としての専門的知識、業務知識、ものの考え方等を習得する機会が与えられている。

また、係長に昇進すれば、部下を持ち、日常的により広い視野で業務を把握することができる立場に立つから、平職員より多くの知識、ものの考え方を習得し、経験を積むことができるようになる。

原告丙原外三名は、補助参加人の不当労働行為により係長に昇進できず、平職員に留め置かれていたために、前記各研修を受けたり、日常的業務を通じて知識を習得し、経験を積む機会を全く奪われている。

例えば、昭和六〇年度の論文試験の問題は、「金融自由化が進む中であなたは管理者としてどう対応しようと考えているか述べて下さい。」というものであり、係長経験者に有利なものであることは明らかである。

<2> 金融機関の職員であれば、一度は融資受付を経験するのが通常であるが、原告丙原外三名を含む原告組合の男性組合員は、昭和四三年の組合分裂以降、誰一人として融資受付に配属されていない。そのため、原告丙原外三名は、融資受付業務を通じて業務知識を習得することができず、融資受付に配属されれば当然受講できたはずの「新任融資受付研修」等の研修を受講することもできなかった。

これに対し、副参事昇格試験合格者は、そのほとんどが融資受付業務を経験した上で受験している。

原告丙原外三名を含む原告組合の組合員が担当している業務についても、「渉外能力開発講座」、「担保督促研修会」等の研修も実施されているが、対象者は補助参加人の指名する者である。原告丙原外三名は、対象者として指名されず、これらの研修を受けることができなかった。

<3> さらに、原告丙原外三名は、職場で原告組合の組合員とは「挨拶もするな」、「口もきくな」との孤立政策が採られているために、日常業務において生起する問題、疑問等を上司、同僚に聞いてもまともに答えてもらえず、通達類も回されず、規程集やマニュアルも容易に閲覧できない差別扱いを受けているので、いわゆるオンザジョブ・トレーニング(OJT)により業務知識や金融マンとしての物の考え方を習得していく機会を奪われている。

ウ 補助参加人の論文試験は、採点者の恣意、主観によって評価が大きく異なるものであって、客観性を有しないだけでなく、採点者が受験者を特定できる仕組みとなっており、人事考課について述べたと同様、その評価が公正に行われたはずがない。

4 原告丙原外三名は、右(1)から(3)までに述べた様々なハンディキャップを負わされており、これらが密接不可分につながり、幾重にも重ね合わさる相乗効果により、副参事昇格試験の合格水準に達することが不可能になっていた。本件命令は、これらを別々のものとして切り離して判断したために、「原告丙原外三名が副参事昇格試験に合格しないのは、学科試験及び論文試験の得点が低いためであり、不当労働行為ということはできない」とする誤りを犯した。

補助参加人は、希望すれば資格・職位に関係なく受講できる「自己啓発講座」を設けたり、事前にガイダンスを配布する等しており、解説書等もあるので、本人の意欲があれば、努力次第で学科試験及び論文試験合格に必要な知識は習得できると主張し、《証拠略》にはこの主張に沿う記載があるが、前記のように、様々なハンディキャップが幾重にも重ね合っているから、本人の意欲や努力で解消しうるものではない。現に、原告丙原外三名は、自主的に集まって学習会を開く等のできる限りの努力をしているにもかかわらず、副参事昇格試験に合格できないのである(《証拠略》)。

(二) 年功を加味した副参事昇格

(1) 年功を加味した運用の事実

本件命令は、係長昇進及び店舗長代理昇進について年功的な運用を認めながら、副参事昇格だけは副参事昇格試験の成績によっていると判断し、年功を加味した運用の事実を否定したが、この判断は事実に反する。

補助参加人において副参事昇格は年功を加味して行われており、原告丙原外三名だけがこの運用から排除された。年功を加味した副参事昇格とは、いわゆる自動昇格制度を意味するものではなく、同期・同給与年齢の者が、一定の幅の勤続年数の間にほぼ全員が昇格し、さらには何らかの理由で遅れていた者も例外者を除き最終的には昇格するような人事運用を意味する。

なお、ここでいう同期・同給与年齢とは、第一に、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名と同じ年度の同時期に雇用された職員で、かつ、高校新卒の者、第二に、右雇用から四年後の同時期に雇用された職員のうち、大学新卒の者をいう。第二の類型を加えたのは、補助参加人においては、学歴による賃金格差は設けないものとしており、大卒者については、大学四年間の経験を高卒者の雇用後の四年間と同じに考え、四年前に雇用された高卒者と同一の給与額としているためである。

(2) 副参事昇格実態

ア 昭和三三年度から昭和四二年度までに雇用された高卒者(昭和三七年度から昭和四六年度までに雇用された大卒者)で芝労組の組合員である者について副参事昇格実態を見ると、次のとおりである(《証拠略》)。

<1> 同期・同給与年齢の者から最初に副参事に昇格した勤続年数は、一三年から一四年に集中している。

<2> 同期・同給与年齢の者の半数以上が副参事に昇格した時期は、勤続年数一六年から一七年に集中している。

<3> 勤続年数一九年でほぼ全員が副参事に昇格している。

<4> 結局、昇格の時期は勤続年数一三年から一九年までの七年間に集中しており、この時期にほぼ全員が昇格している。

<5> 右の時期に昇格しなかった者もその後順次昇格し、最終的には全員が昇格している。

イ 副参事昇格試験導入前後の昇進・昇格実態

副参事昇格試験導入前後で昇進・昇格の実態にあまり変化はない。このことは、補助参加人において副参事昇格試験制度の下でも依然として年功を加味した運用が行われてきたことを示す。

例えば、副参事昇格試験導入前の事例としては、原告甲川の同期・同給与年齢者は雇用後二〇年までで九五パーセントが副参事に昇格しており、二四年目までには一〇〇パーセントが昇格していた。これに対し、副参事昇格試験導入後の事例としては、原告丙田の同期・同給与年齢者は、雇用後二〇年までで六七パーセントが副参事に昇格しており、二五年目には一〇〇パーセントが昇格した。

ウ 副参事昇格試験導入の前後を問わず、また、雇用者のどの期を採っても、このようにほぼ同じ昇格実態であることは、年功を加味した昇格以外には説明することができない。

エ 補助参加人が提出した丙第五四号証は、中途採用者及び降職者を加えた副参事昇格実態を示すが、中途採用者及び降職者を除けば、原告らが指摘した新卒者の副参事昇格実態と一致する。

(3) 係長昇進の実態

ア 最短が勤続一〇年

イ 最も集中しているのが勤続一一年から一三年

ウ 一部の例外を除いて勤続一一年から一五年の五年間に昇進

エ それより遅れた者も最終的には全員が昇進

(4) 係長昇進後の副参事昇格実態

ア 副参事昇格について年功を加味した運用がされているか否かを判断する上で、係長に昇進後の副参事昇格実態も重要である。なぜなら、主事資格は自動昇格制度が導入され、その後、年功的に係長昇進が行われていて、しかも、係長昇進後、一定の期間内に大半の者が副参事に昇格しているのであれば、主事から係長、係長から副参事に至るまでの昇格・昇進は、全体として年功的に運用されているという補助参加人の人事政策を裏付けることになるからである。

イ 昭和三三年度から昭和四二年度までに雇用された高卒者(昭和三七年度から昭和四六年度までに雇用された大卒者)で芝労組の組合員である者について係長昇進から副参事昇格までの経過年数ごとの昇格実態を見ても(《証拠略》)、また、昭和四八年から平成五年の間に係長に昇進して副参事昇格試験に合格した者の昇格実態を見ても(《証拠略》)、次のような傾向が見られる。

<1> 係長昇進後早い者で一年、半数以上の者が昇格した年数は三年から四年に集中しており、大半は五年で副参事に昇格している。係長昇進後平均四年から五年で副参事に昇格しているということができる。

<2> 右の時期に昇格しなかった者も順次昇格し、最終的には全員が副参事に昇格している。

ウ 係長昇進後の副参事昇格までの年数が、いずれの期も大きな差がなく右のように集中している事実は、年功を加味した運用でなければ説明し得ない。

(5) 副参事昇格試験によらずに昇格させた例外措置

ア 本件和解協定による原告組合の組合員三名の昇格及び労働委員会のアフターケアによる原告組合の組合員一四名の昇格

<1> 補助参加人は、本件和解協定及びいわゆるアフターケアによって副参事昇格試験の受験なしでの原告組合の組合員の副参事昇格を認めた。

重要なのは、補助参加人が副参事昇格試験の合否に関係なく副参事に昇格させるという本件和解協定を締結し、いわゆるアフターケアによって副参事昇格試験の受験なしで副参事昇格を認めた理由である。

補助参加人は、芝労組の組合員については、年功を加味して係長に昇進させ、その後四年から五年で副参事に昇格させるという年功を加味した運用を行っており、原告組合の組合員に対する差別を是正するには、芝労組の組合員の昇進・昇格の実態に符合させなければならなかったからである。

<2> 本件和解協定当時、原告乙山、原告丙川及び原告甲野と同期・同給与年齢の芝労組の組合員はいずれも全員が副参事以上に昇格しており、原告丁原から原告乙川までの一四名についても、その同期・同給与年齢の芝労組の組合員はほとんどが副参事以上に昇格していた。

さらに、本件和解協定では、原告丁原から原告乙川までについて、副参事昇格にかかわりなく、主事資格取得後副参事相当の給与(本件和解協定Cテーブルの給与)を支給することとされた。Cテーブルは三八歳から適用とされており、当時、補助参加人では、遅くとも三八歳になれば副参事にほとんど全員が昇格するという年功を加味した運用がされていたことを証明している。

<3> 本件和解協定当時の文書を見ても、補助参加人が、差別是正を考えていく基準として年功によることを当然の前提として容認していたことが分かる。本件和解協定締結までの補助参加人の各提案はすべて年齢を重要な基準としていた。

例えば、昭和五四年四月二七日の提案(《証拠略》)では、三三歳以上の原告組合の組合員に対し、特別賃金テーブル(別表A)の賃金を支給することを提案している。このテーブルの一号俸は主事の賃金テーブル一号俸に相当する金額であり、補助参加人が三三歳以上についてこのような賃金テーブルを用意したのは、「現状において三三歳以上の労組所属職員はすべて主事となっているからである。この事実を賃金改訂の基礎とした。」としていた。補助参加人の最終案(《証拠略》)でも、三三歳以上の原告組合の組合員に対し、特別賃金テーブル(別表A)の賃金を支給する提案を維持している。

補助参加人は、資格の付与は昇格試験合格を必要とする建前を採っていたこと、芝労組との関係を考慮しなければならなかったことから、まず賃金を調整することとし、昇格については次のような提案をした。

昭和五四年六月二〇日には、「男子三三歳以上を五年以内に昇格試験を受験させ、段階的に全員主事資格職まで是正する」ことを提案した(《証拠略》)。

同年七月二七日には、「(原告組合所属男子職員)のうち三八歳以下の者は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案し、三年以内(中略)に段階的に全員主事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員)のうち三九歳以上の者は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案し、二年以内に段階的に(一年目二年目各五〇パーセントずつを基準とする)全員主事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員の中で既に主事資格を有する者)は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案して三年以内に段階的に全員副参事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員のうち三九歳以上の者で右により主事資格を取得した者)はさらに昇格試験を受験するものとし、その結果を勘案し、和解成立から五年以内に若干名に副参事資格を付与する。」ことを提案した(《証拠略》)。

昭和五五年六月四日には、「(原告組合所属男子職員)のうち三七歳以下の者は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案し、三年以内(中略)に段階的に全員主事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員)のうち三八歳以上の者は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案し、二年以内に段階的に(一年目、二年目各五〇パーセントずつを基準とする。)全員に主事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員の中で既に主事資格を有する者)に該当する者は金庫所定の昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案して三年以内に段階的に全員副参事資格を付与する。」、「(原告組合所属男子職員のうち三八歳以上の者)に該当する者で主事資格を取得した者はさらに昇格試験を受験するものとし、その結果をも勘案し、和解成立から五年以内に若干名に副参事資格を付与する。」ことを提案した(《証拠略》)。

「本和解成立後二年以内に金庫所定の昇格試験を受験のうえ、段階的に主事資格を付与する」という補助参加人の提案について、原告組合は、「段階的に」を「年齢順に」とすることを提案していたが、昭和五五年六月六日及び同年六月一七日に行われたトップ交渉において、「協定文では金庫提案どおり「段階的に」とし、覚書などに「段階的に行なうにあたっては、年齢を重視する」と記載する案を提案し、補助参加人は、都労委の「知恵」を借り、解決に努力すると答えた(《証拠略》)。

本件和解協定に当たっての議事録確認でも、本件和解協定において原告組合の組合員の副参事昇格について「段階的に行う」と定めた点につき、「段階的に」行うに当たっては年齢を考慮するとしている。

イ 特別措置及び政治的配慮による昇格

補助参加人は、原告組合の組合員一四名を副参事に昇格させた時点で、芝労組の組合員一名(戊川)を副参事昇格試験に合格しないのに副参事に昇格させた。これは、年功を加味して昇格させたものである。

補助参加人は、昭和五七年度の昇格について、副参事昇格試験の成績によらないで、「政治的配慮」により芝労組の組合員を昇格させた。これも年功を考慮して昇格させたものであること以外考えられない。

ウ 抜擢人事

補助参加人は、副参事以上であるが、昇格試験の結果に関係なく四名の者を昇格させた。これは、昇格試験による合格が昇格の絶対的条件であることを否定するものである。

(6) 補助参加人申請の証人の証言

別件女性差別訴訟において、補助参加人の人事部副部長竹村昇は、証人として、新人事制度導入以前も年功を加味した運用をしていたことを認める証言をした(《証拠略》)。

(7) 補助参加人の主張に対する反論

補助参加人は、同一年度の副参事昇格者の雇用年度が最短の者と最長の者とで二〇年以上の開きがあることをもって年功を加味した運用を否定する根拠としている。しかし、原告らの主張する年功を加味した運用とは、前記のとおり、昇格等に幅を認めない「純粋年功序列制」、「自動昇格・昇進制度」のことではない。強度に年功が加味され、全体として見て、ある一定の幅で年功(入社経験年数)に応じて昇進、昇格している人事政策であれば、年功を加味した運用に当たる。

また、一部の昇格が遅れた例外者を理由に年功を加味した運用を否定することはできない。係長昇進が何らかの理由で遅れた者は、副参事昇格も遅れる結果となるが、最終的には昇格している。

(三) 原告丙原外三名の能力と副参事昇格

(1) 副参事に必要な能力

副参事に必要な能力は日常の業務の処理が十分できる程度のもので足りる。

副参事昇格後の店舗長代理への昇進は年功を加味して運用されている。本件命令も、「店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役は、年功で昇進できる職位であるから、この昇進に必要な能力については、日常の業務の処理が十分に出来る程度のもので足りると解される。」と指摘している。したがって、副参事に必要な能力は日常の業務の処理が十分できる程度のもので足りるというべきである。

そのことは、副参事昇格の実質的意味が賃金面での処遇のためであることからしても明らかである。

(2) 原告丙原外三名の能力

本件命令は、原告甲野外一五名の日常の業務遂行能力が通常程度に達しており、店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役までの昇進の前提となる程度の業務遂行能力に達していたと判断している。補助参加人は、原告甲野外一五名に関する救済命令に対する取消訴訟を提起していない。

原告丙原外三名は、既に副参事に昇格している芝労組の組合員や原告甲野外一五名と同様、日常の業務の処理が十分にできる能力を有しており、店舗長代理の職務を十分遂行することができる。

二  被告の主張

1 原告適格について

行政処分によって不利益を受けたとして、これに不服申立てをすることができる者は、原則として、当該行政処分の名宛人に限られるところ、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、本件命令の名宛人ではないから、本件命令の取消訴訟において原告適格を有しない。

したがって、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名の本件訴えは不適法であり、却下されるべきである。

2 歓送迎会等について

歓送迎会等が、個人的な領域を超えて、職場としてどの程度計画的、組織的に行われたのか具体的には明らかでないから、歓送迎会等の開催が補助参加人の行為と断定することはできず、原告組合の組合員が歓送迎会等への参加を拒否されたことが、補助参加人の不当労働行為であるとはいえない。

3 原告甲野外一五名の昇進の時期

昇進は、その決定行為がされた時点で完了し、継続する行為とは認められないから、救済申立ての一年前である昭和六一年六月一七日以前に係る申立ては却下を免れない。

ところで、昇進に関する不利益取扱いの申立てについては、申立日より前一年以内の昇進時期において、使用者による不利益取扱いの事実が認められ、かつ、その不利益取扱いがそれ以前に使用者によってなされた作為又は不作為によるものであると認められる場合であって、現に存する差別ないし不利益取扱いについて救済を求めていると認められるときには、その差別ないし不利益取扱いの是正を命じることは、労働組合法二七条二項に抵触するものではない。

原告組合の申立ては申立日より前一年以内において、現に存する差別ないし不利益取扱いの是正を求める趣旨と解されるから、原告甲野外一五名を昭和六一年六月一八日に昇進したものと取り扱うことはできる。

4 原告丙原外三名を副参事に昇格させないこと及び店舗長代理に昇進させないことと不当労働行為の成否について

(一) 補助参加人においては、職能資格制度が採られており、職員の職務遂行能力に応じて等級付けを行い、資格を付与している。それぞれの資格について職能資格等級基準が設けられている。主事から副参事に昇格するには昇格試験に合格して副参事の職能資格等級基準の定める要件を充足することが必要である。 受験回数が増えるに従って合格率が高くなるのは当然のことであるから、そのことをもって直ちにいわゆる年功による昇格も認められていると考えるのは相当ではない。また、人事上の枠組み、予算措置の観点から合格者数が変動することも当然であるから、合格者数が変動することをもって、直ちに昇格試験制度が厳格には運用されていないと解することも相当ではない。

原告組合は、本件和解協定において昇格試験制度を承認し、原告丙原外三名もこの試験を受験しているから、人事考課(査定が公平に行われたか疑問がある)以外の科目で原告丙原外三名が合格水準に達していたことの証明が必要であり、その証明がない限り昇格試験に合格したものとみなすことはできない。

(二) 原告丙原外三名は、受験した年度の昇格試験において、人事考課点を受験者中の最高点と入れ換えても合格者の最低点に満たないから、原告丙原外三名が合格水準に達していたことの証明はない。原告丙原外三名は学科試験及び論文試験の得点が低かったために合格できなかったものである。

したがって、補助参加人が、原告丙原外三名を副参事に昇格させず、その結果、店舗長代理に昇進させなかったことには理由があり、これをもって不当労働行為に当たるとはいえない。

三  補助参加人の主張

1 原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は都労委における不当労働行為救済命令申立て事件の申立人ではなく、かつ、被告に対する再審査申立人でもないので、本件取消訴訟の原告適格を有しない。原告甲野外一五名及び原告丙原外三名の訴えは却下されるべきである。

なお、補助参加人は、平成九年五月八日、原告戊原を原告本人として尋問を行うことにつき異議を申し立てた。この異議は却下されたが、不当な判断である。原告甲野外一五名及び原告丙原外三名の尋問は、本来証人の立場で、証言としてされるべきであり、原告本人尋問としてされた供述の証明力は大幅に減殺されなければならない。

2 補助参加人が主催する歓送迎会、新年会及び忘年会は存在しない。その限りで本件命令が本件初審命令の事実誤認を是正したのは正当である。

3 本件命令は除斥期間の規定に基づく判断を行ったまでであって、何ら違法な点はない。

4 本件命令が、原告組合が「昇格試験制度を承認している限り、少なくとも人事考課以外の科目で合格水準に達していたであろうことを推認させる程度の疎明が必要であって、その疎明のないかぎり昇格試験に合格したものとみなすことはできない」と判断しているのは、結論において正当である。

(一) 原告らの主張4(一)(副参事昇格試験の不公正)について

(1) 原告らの主張4(一)(1)(係長昇進差別(副参事昇格試験合格の決定的条件としての係長昇進の欠如))について

原告らの主張4(一)(1)の事実は否認する。

補助参加人において、職位の上で係長に昇進していない限り副参事には昇格しないという人事管理が確立していたことはない。係長昇進が副参事昇格の条件であることが補助参加人内で公知の事実となったことはないし、証人丙野四男もそのような事実を明確に否定している。

原告丙原外三名は、昭和六二年度から平成元年度の三年間は全員が副参事昇格試験を受験した。右各年度の副参事昇格試験受験者の受験結果を表にまとめたのが丙第八二号証から第八四号証まで(補助参加人人事部次長佐々木雅己作成「昭和六二年度から平成元年度までの副参事昇格試験受験者の年齢別獲得得点分布表」)である。緑色の点が係長及び推進役以外のいわゆる無役の受験者を示すが、丙第八二号証から第八四号証までによれば、無役の受験者とそうでない受験者とが層として分かれ、無役の受験者が比較的低位にとどまっていることが明らかである。補助参加人は、各年度の昇格者の枠組みを決め、副参事昇格試験の成績上位者からリストアップして合格者を決定しているのであって(《証拠略》)、職位の上で係長に昇進していない限り副参事に昇格させないなどという人事管理を行ったことはない。

丙第七五号証、第八二号証から第八四号証までによれば、原告丙原外三名は、昭和五八年度、昭和五九年度、昭和六二年度及び平成元年度に副参事昇格試験を受験したが、得点が低く、当該年度の人事考課最高点に置き換えても合格点に達しないこと、原告丙原外三名は、昭和六二年度から平成元年度の副参事昇格試験において、受験者全体の中で相対的に年齢が高く、成績は低い位置にあり、しかも、年度が異なっても、受験者全体の中で占める位置は変わらず、原告丙原外三名相互の位置関係も変わらないことが明らかである。

右の事実は、副参事昇格試験が受験者の職務遂行能力を正確に判定しているものであること、原告丙原外三名が成績低位のため不合格になったことを示すものである。

(2) 原告らの主張4(一)(2)(人事考課差別(合格を困難にする低い査定))について

ア 補助参加人の人事考課は公正である。別件女性差別訴訟の判決も、次のとおり認定して、補助参加人の人事考課が公正であることを認めている。

「証拠によると評定者は、人事考課の目的を十分に理解し、主観的判断を排除し、公正かつ客観的に評定をしなければならない責務を負っており(人事考課規程二条)、人事部は、定例的に評定者訓練を行うほか、評定者において特に問題があると認めた場合に本人に通知し、個別的指導がなされ(人事考課規程一七条)、実際このような評定者訓練を実施していたのであり、また、評定は、第一次から第三次まで行われ、店舗長代理が第二次評定者で店舗長が最終評定者となって、主観的評定のなされるのを排除し、公正かつ客観的に評定がなされるように運用されていることを認めることができるから、第一次評定者が係長であるということのみによって評定全体が原告らの主張するように不公正・不公平であると即断することはできないし、平成二年一一月一日以降は係長ではなく課長となったのであるから、この面からも公正さは一応担保されることとなったといえる。 また、評定者にいかなる職員がなるかは人事政策上の事柄であって、評定制度は、人事考課制度を採用している以上一つの合理的な制度であることは否定できないし、原告等とライバル的関係にあるとはいっても係長に就任している職員が第一次評定者となることは原告等に対する直属の上司が係長である以上は十分に合理性を有するし、やむを得ないところである。原告等の主張は、結局のところ評定制度を否定することに帰し、採用できない。」

「核心は評定者に如何なる立場の職員がなっているかにあるのではなく、原告等に対し如何なる評定がなされたかにある。原告等の主張は、結局のところ、組合間対立が存する場合には少数組合所属組合員に対する多数組合員の役職者ないし役職経験者が評定すること自体が不公正・不公平であるというに帰し、このことは職員の圧倒的多数が労組員である被告(本件の補助参加人を指す。)にあっては評定制度自体を否定することに帰すこととなるのであって採用できない。」 イ 人事考課の査定項目は、実績のみに尽きるものではなく、能力項目、勤務態度項目等多岐にわたり、かつ、評価期間ごとに査定が行われるから、原告らの過去のごく一部の実績を根拠に、補助参加人の人事考課が公正でないということはできない。

ウ 補助参加人は、職員が実績の上がりにくい地域を担当した場合は、獲得目標額を低く設定しており、人事考課において日常業務実績を考慮する上で担当地域による不利益はない。昭和五六年四月の高輪支店における原告丙原の目標値及び昭和六〇年五月の新城支店における原告戊野の目標値は、いずれも得意先係の他の係員の平均目標値より低く設定されていた。

(二) 原告らの主張4(二)(年功を加味した副参事昇格)について

(1) 原告らの主張4(二)(1)の事実のうち、補助参加人において副参事昇格が年功を加味して行われており、原告丙原外三名だけがこの運用から排除されたことは否認する。

本件命令が「受験回数が増えるに従って合格率の高くなるのは当然のことであって、そのことをもって直ちにいわゆる年功による昇格も認められていると考えるのは相当ではない。また、金庫の組織上の要請による人事上の枠組みの問題もあり、地位の付与は予算を伴うものであって、合格者数は毎年変動を免れないと考えるのは自然であり、このことをもって、直ちに昇格試験制度が厳格には運用されていないと解することも相当ではない。」とするとおりである。副参事昇格試験は厳正に実施されてきた。

補助参加人は、支払能力その他の経営戦略上の検討を加えて、当該年度の副参事の職務能力を有する者としての昇格者の枠組み人数を決定し、成績上位者からリストアップして昇格者を決定している。

実際、昭和五五年度の副参事昇格者は雇用年度が昭和二七年から昭和四六年まで二〇年もの開きがあり、昭和五六年の場合は昭和二五年から昭和四六年まで二二年もの差がある(《証拠略》)。また、例えば、原告丙田の同期・同給与年齢の芝労組の組合員の場合、最初の昇格者は昭和五四年度に出現し、いまだ昇格しないものもあるが、平成二年度に昇格した者との間でも一一年間経過している。同期の者が、例えば三年程度の範囲内で逐次昇格しているのであれば、年功を加味した運用という問題が生じようが、補助参加人の場合のように、同期の中で一〇年以上も昇格の時期がずれるということはおよそ年功的運用の名に値するものではない。

原告らが一〇〇パーセント近く昇格しているとして援用する同期の男性職員とは、雇用当初からすると、何十年も勤めてきた一部の者だけである。その余の者は、理由は種々あるものの、順次中途で退職している。現在在職者に限った統計処理は、右の点を看過するものである。

年功的人事政策などとのそしりを受ける理由はない。

5(一) 原告戊山は昭和六二年七月二〇日補助参加人を辞職申出により退職し、原告甲田は昭和六二年七月四日、原告乙山は平成四年一〇月二一日、原告丙川は平成六年四月五日、原告甲野は平成五年五月九日、原告丁原は平成六年四月二〇日、原告戊田は平成七年三月二三日、原告乙野は平成八年七月六日及び原告丙山は平成九年七月三日いずれも定年で補助参加人を退職し、原告乙原は平成五年一一月一一日死亡して、補助参加人の職員の地位を喪失した。

(二) また、補助参加人は、平成二年四月一日導入の新人事制度に基づき、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名に対し、次のとおり一定の職位を付与した。

(退職者)

原告乙山 上級事務担当

原告丙川 上級融資担当

原告甲野 上級融資担当

原告丁原 上級営業担当

原告戊田 上級事務担当

原告乙野 上級融資担当

原告丙山 上級融資担当(平成七年四月一日上級営業担当)

亡乙原 上級事務担当(平成三年四月一日上級融資担当)

(在職者)

原告丁川 上級融資担当

原告戊原 上級融資担当

原告甲川 上級営業担当(平成三年四月一日上級事務担当)

原告丁野 上級営業担当(平成五年四月一日上席営業担当、平成八年一〇月一日上席融資担当)

原告甲山 上級営業担当(平成五年一〇月一日上級融資担当、平成九年四月一日上級営業担当)

原告乙川 上級事務担当(平成三年四月一日上級融資担当、平成九年四月一日上級営業担当)

原告丁田 上級事務担当(平成五年四月一日上級営業担当、平成九年四月一日上級事務担当)

原告戊野 上級事務担当(平成五年一月一八日上級営業担当)

原告丙原 上級融資担当(平成三年一〇月一日上級事務担当)

原告丙田 上級融資担当

(三) 以上のとおり、補助参加人の職員の地位を喪失したこと、補助参加人によって平成二年四月一日導入の新人事制度に基づき職位を付与されたことからすれば、対象者につき本件命令の取消しを求める訴えの利益は存しない。

(四) 補助参加人は、本件命令主文[4]に基づくポストノーティスを命令どおり履行した。原告丙原外三名の昇格は認められないから、「昇格」に関するポストノーティスを求めて本件命令の取消しを求める訴えの利益は存しない。

第四  当裁判所の判断

一  原告適格について(争点1)

原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、本件初審命令の審査手続及び再審査手続における申立人及び再審査被申立人となっていなかったので、本件命令につき「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法九条)に当たるか否かが問題となる。

労働委員会の審査手続において、申立人とならなかった労働者は、その所属する労働組合の不当労働行為救済申立てが棄却され、棄却命令に対する再審査申立てが棄却され、又は救済命令に対する使用者の再審査申立てが認容されたとしても、これによって労働者個人の救済を受ける権利を侵害されたとはいえない。実際には救済申立期間の経過等による制約を受けることがあり得るが、それは別問題である。確かに、右労働者は、所属する労働組合が救済を申し立て、この申立てに基づき救済命令が発せられ、これが履行されれば利益を受けることになるが、それは事実上の利益であるにすぎない。また、右労働者は、労働組合が右棄却命令(再審査申立て棄却命令、あるいは、使用者の再審査申立て認容命令)に対する取消訴訟を提起した場合において、この訴訟につき言い渡された請求棄却の判決の既判力を受けない。

したがって、労働委員会の審査手続きにおいて、申立人とならなかった労働者は、労働委員会命令の取消しを求めるについての法律上の利益を有しないと解される。

本件において、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名については、本件初審の審査手続及び再審査手続において、申立人ないし再審査被申立人となっていないから、原告組合以外の原告らの本件訴えはいずれも却下する。

原告らは、取消訴訟において原告適格を有する者は、命令主文において不利益な取扱いを受けた者であり、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名は、いずれも本件初審命令より本件命令における救済水準が低下したのであるから、原告適格を有すると主張するが、そのような点を根拠にして原告甲野外一五名及び原告丙原外三名の原告適格を肯定することはできない。

なお、本件訴訟においては、原告戊原、原告乙川及び原告丙原外三名について原告本人尋問として尋問を実施したが、証拠方法として当事者本人又は証人のいずれに当たるかは、その者のその訴訟における形式的な資格で決まるから、その者が原告適格を有しないときであっても、訴え却下の判決をする前に尋問を行うときには、原告本人として尋問を行うべきであり、その結果は、原告本人尋問の結果として証拠としての価値を有するものと解するのが相当である。

二  歓送迎会等について(争点2)

《証拠略》の中には、補助参加人の出捐した褒賞金が歓送迎会等に使われていること、歓送迎会等の開催の音頭をとるのが店舗の管理者であって、管理者も出席していることを理由に、補助参加人が歓送迎会等を主催しているとする原告らの主張に沿う部分がある。

《証拠略》によれば、補助参加人は定期的に一定の目標を掲げた増強運動を行い、成果を上げた店舗に褒賞金を出していること、褒賞金の使途は店舗の支店長(店舗長)に任されており、組織運営上必要であると判断すれば歓送迎会等の費用に支出していること、店舗の管理者も歓送迎会等に参加していること、補助参加人の刊行物に店舗の歓送迎会等の記事が載せられていること、本件和解協定において、補助参加人は、本件和解協定後、職場での歓送迎会等については、原告組合の組合員を他の職員と区別することなく参加させることを約していることが認められるが、これらの事実の外に、補助参加人が歓送迎会等を主催していることの裏付けとなる事実を認めるに足りる証拠はなく、《証拠略》に照らすと、前記各事実に基づいて補助参加人が歓送迎会等を主催していることを推認することは難しいし、《証拠略》の供述部分を採用することはできない。

よって、補助参加人が歓送迎会等を主催していることを認めるに足りず、歓送迎会等に原告組合の組合員を参加させないことが補助参加人の不当労働行為であるということはできない。

三  昇進に関する不当労働行為救済申立てと労働組合法二七条二項の定める期間(除斥期間)の遵守について(争点3)

補助参加人においては、職位への昇進の決定は、原則として毎年四月一日付けで行われており、その年度に労働者を職位に昇進させない旨の決定は、次の昇進時期まで昇進させないという意思を包含するものと解されるから、労働者を職位に昇進させないという行為は、年度ごとに異なる一個の行為であり、かつ、次の昇進時期までの一年間は継続するものであると解するのが相当である。

昭和六二年七月一八日に本件救済申立てがされた時点では、昭和六一年四月一日に昇進させない旨決定した補助参加人の行為が昭和六二年三月三一日まで一個の行為として継続し、その終了から一年以内であったことが明らかであるから、昭和六一年四月一日に昇進させない旨決定した補助参加人の行為を対象とする救済申立ては、労働組合法二七条二項の定める期間内にされたものとして適法である。

本件命令は、原告甲野については、昭和五六年一〇月に、原告乙山については、昭和五七年四月に、原告丙川については、同年一〇月にそれぞれ、店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に昇進していたとみるのが相当であるとし、また、原告丁原、原告戊田、原告甲田、原告乙野、原告丙山、原告丁川、原告戊原、原告甲川、亡乙原、原告丁野、原告戊山、原告甲山及び原告乙川については、昭和五九年一〇月にいずれも係長及び係長待遇の推進役に昇進していたとみるのが相当であるとしているので、原告甲野、原告乙山及び原告丙川が店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に、原告丁原、原告戊田、原告甲田、原告乙野、原告丙山、原告丁川、原告戊原、原告甲川、亡乙原、原告丁野、原告戊山、原告甲山及び原告乙川が係長及び係長待遇の推進役に昇進したものと取り扱うこととすべき時期は、いずれも昭和六一年四月一日となるものと解するのが相当である。

原告らは、本件昇進差別は、本件和解協定違反であり、原告らが補助参加人に対し、機会あるごとにその是正を求めてきたのに、補助参加人は従前の不当な査定制度を維持しながら一貫した不当労働行為意思をもって昇進差別を続けてきたこと等を理由に、本件昇進差別が「継続する行為」に当たると主張するが、補助参加人が労働者を職位に昇進させないという行為が年度ごとに異なる一個の行為であり、かつ、次の昇進時期までの一年間は継続するものと解するのが相当であることは既に述べたとおりである。原告らの主張は理由がない。

以上述べたとおり、原告甲野外一五名の昇進の時期に関し、本件命令は労組法二七条二項の解釈を誤ったものといわざるを得ないから、本件命令主文[3]項及び[8]項の右に関する部分は取り消すこととする。

四  本件命令が判断した、原告甲野外一五名に付与されるべき職位の内容について(争点4)

補助参加人においては、店舗長代理待遇の推進役に、<1>店舗長代理と同様に部下がおり、その責任加給も店舗長代理と同じ一万六〇〇〇円である店舗長代理と同職位の推進役(本部の推進役)と、<2>店舗長代理と異なり部下はおらず、その責任加給も店舗長代理より低い推進役(店舗の推進役)という待遇の異なる二つの推進役があったが、本件命令は、店舗長代理の職位について、その待遇、昇進の実態を踏まえて、これが年功で昇進できる職位であると認定し、この職位への昇進に必要な能力については、日常の業務の処理が十分にできる程度のもので足りると判断しており、この店舗長代理の職位を基準として、店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役が年功で昇進できる職位であり、この職位への昇進に必要な能力については、日常の業務の処理が十分にできる程度のもので足りるとしているのであるから、本件命令が店舗長代理と店舗長代理待遇の推進役とがほぼ同等のものであることを前提にしているものであることは明らかである。本件命令が原告甲野外一五名に付与されるべき職位を店舗長代理に限定せず、店舗長代理待遇の推進役をも掲げたのは、補助参加人の人事権を考慮しての措置であると解されるが、右に述べた本件命令の認定、判断に照らせば、右職位に、店舗長代理と異なり部下はおらず、その責任加給も店舗長代理より低い推進役(店舗の推進役)まで含む趣旨でないことは明らかである。

よって、原告甲野外一五名に付与されるべき職位について本件命令に不明確な点はなく、原告らの主張は理由がない。

五  補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないこと及び店舗長代理に昇進させないことと不当労働行為の成否について(争点5)

l 昇格試験の合否により昇格させるか否かを決定することとされている制度の下において副参事に昇格させないことと不当労働行為の成否について

(一) 使用者が労働者を昇格させないことが不当労働行為に当たるか否かの判断をするには、使用者が昇格についてどのような制度を採っているかを見る必要がある。

(1) 就業規則によって労働者が一定の給与年齢に達すれば自動的に昇格させる旨が定められ、あるいは労使慣行によって同様の扱いが行われている場合において、労働組合の組合員である労働者が昇格すべき給与年齢に達したにもかかわらず、使用者が不当労働行為意思をもってこの者を昇格させないときは、不当労働行為が成立する。

(2) 就業規則等により、人事考課によって昇格させるか否かを決定することとされている場合において、使用者が不当労働行為意思をもって労働組合の組合員である労働者を低く査定して昇格させなかったときは、不当労働行為が成立する。

(3) 就業規則等により、昇格試験の合否の結果によって昇格を決定することとされている場合には、使用者の人事権の行使方法を右の限度で制約することになるので、使用者が昇格試験不合格を理由に労働者を昇格させなかったときは、その昇格試験が形式的、名目的なものであり、実質的には使用者の意思によって昇格させるか否かが決定されているときは別として、使用者が日頃組合嫌悪の言動を繰り返していたからといって、使用者が不当労働行為意思に基づき、その労働者を昇格させなかったと推断することが許されないことはいうまでもない。昇格試験において、人事考課及びそれ以外の評価項目並びにそれぞれの配点がどのように定められ、運用されているかを見なければならない。その実態いかんによっては昇格試験が単なる名目的なものに過ぎず、実際には人事考課で決定されている場合と余り変わらない場合もあり得るから、その場合には、(2)に準じて考えることになる。これに対し、人事考課以外の評価項目の比重が大きく、人事考課の結果が補充的なものにとどまる場合であれば、それらの評価方法が客観的なものである限り、仮に人事考課で差別的取扱いがされたとしても、昇格しないのは昇格試験に合格しないからであるとして、不当労働行為の成立を否定することとなる。さらに、人事考課とそれ以外の評価項目とがそれぞれ無視し得ない比重を持ち、それぞれがあたかも必修単位の意味を有するような場合には、人事考課における差別的取扱い及び人事考課以外の評価項目の成績が副参事昇格試験不合格の結果についてどのような意味を有するかを更に検討する必要がある。

(二) 昇格試験において人事考課とそれ以外の評価項目とがそれぞれ無視し得ない比重を持ち、それぞれがあたかも必修単位の意味を有するような場合において、使用者の不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定のため労働者が昇格試験に合格する可能性を奪われたが、労働者が人事考課以外の評価項目で成績が不振であったため、そのような差別的な低い査定を受けなかったとしても、昇格試験に合格できなかったとしたときには、使用者の不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定が労働組合法七条一号の不利益な取扱いに当たり得るとしても、それが昇格差別という不利益な取扱いにも当たることを直ちに肯定できるわけではない。このような場合には、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定により昇格試験不合格の結果を来したといえるか否かが問題となっているのであるから、両者の間に相当因果関係を肯定できるか否かを検討すべきであり、これを肯定できる場合には昇格差別という不利益な取扱いがされたものと解するのが相当である。

右のような場合には、まず、他に昇格試験不合格の原因として考えられる事実を捨象した上で、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間に条件関係があるか否かを判断すべきである。そうしないと、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定についても、他に昇格試験不合格の原因として考えられる事実についても、昇格試験不合格の結果との間に条件関係を肯定することができなくなり、昇格試験不合格の結果との間に条件関係がある原因事実が存在しないことになってしまうからである。このことは、他に昇格試験不合格の原因として考えられる事実を中心に見てみれば明らかであろう。この事実と昇格試験不合格の結果との間に条件関係があるか否かを判断するに当たり、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定という事実を捨象して考えるのでなければ、条件関係を肯定することはできなくなる。このように、どちらを採つても、その事実だけで昇格試験不合格の結果を来すことになる事実が複数存在するときは、他の事実を捨象して条件関係の有無を判断する必要がある。

仮に不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間に条件関係を肯定できるとすれば、次に、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定という事実を捨象して、他に原因として考えられる事実と昇格試験不合格の結果との間に条件関係があるか否かを判断すべきである。他に原因として考えられる事実と昇格試験不合格の結果との間に条件関係が認められなければ、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間に相当因果関係を肯定することができることはいうまでもない。他方、他に原因として考えられる事実と昇格試験不合格の結果との間にも条件関係が認められる場合には、次のようにして相当因果関係の有無を判断するのが相当である。

他に原因として考えられる事実が労働者の責めに帰すべき事由に基づくものであるか否かを検討し、仮にその事実が労働者の責めに帰すことのできない事由に基づくものであるときは、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間に相当因果関係を肯定すべきである。また、仮にその事実が労働者の責めに帰すべき事由に基づくものであることを肯定できるとすれば、その事実の持つ意味と不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定という事実の持つ意味とを比較、検討し、不当労働行為の制度の趣旨、労使間の公平の観点に照らし、いずれを重視すべきかを判断して、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間の相当因果関係の有無につき判断すべきである。

右のように解すれば、不当労働行為の制度の趣旨を損なわずに、労使間の公平を期することが可能になるから、右のように解することが相当である。なお、右に述べたことは原因ないし理由の競合として論じられることと局面は異なるが、これと関係し、基礎を同一にする問題であるので一言する。

証拠上、使用者の執った措置について、使用者の組合嫌悪の言動のように使用者の不当労働行為意思を推認させる間接事実と、就業規則所定の解雇事由に該当する事実のように正当な理由に基づく動機を推認させる間接事実とがある場合には、まず、どちらが真の動機かを探究すべきであり、この点の認定ができれば、その認定に基づいて判断することとなる。しかし、この点の認定は容易ではなく、証拠上、いずれが真の動機であるかを決することができず、両方ともが使用者の執った措置の動機であると認定したときは、動機が競合することになる(いずれが真の動機であるか判断が付き難いからといって両方とも動機ではないという結論にはならないからである。)。これが動機の競合、原因ないし理由の競合として論じられる場合である。この場合に不当労働行為の成否をどのように判断すべきかについて、不当労働行為意思と正当な理由に基づく動機とのいずれが決定的動機であるかによって不当労働行為の成否を判断すべきであるとされる(最高裁昭和六〇年四月二三日第三小法廷判決民集三九巻三号七三〇頁(日産自動車救済命令取消請求事件)参照)が、その趣旨は次のように理解するのが相当である。すなわち、前記のようにどちらが真の動機かを探究し、いずれとも決し難いときに右の判断を行うのであるから、右の判断は、不当労働行為意思と使用者の執った措置(不当労働行為が成立するとすれば、不利益取扱い、支配介入等に該当すべき事実)との間に相当因果関係があるか否かの判断にほかならず(ここでいう「相当因果関係」とは、決定的原因説に対する意味での相当因果関係説を意味するものではなく、判断の枠組みを意味する。)、使用者の動機を基礎付ける正当な理由の内容、性質、その持つ意味と、労使間の交渉等の歴史的経緯の中での使用者の不当労働行為意思に基づく行為の持つ意味とを比較検討し、労使の労働協約締結の自由の原則その他の労使の自治、労使間の信義・公平、不当労働行為救済制度の趣旨に照らし、使用者の執った措置が、労働組合又はその組合員である労働者において自らの行為、判断の結果にほかならないものとしてその責任を負うべきものであるか(例えば、労働者に重大な非行がある等、解雇事由が十分存するときはこれに当たる。)、それとも使用者の行為が労働者の団結権、団体交渉権を侵害する不当労働行為として労働組合法による救済の対象となることを免れないものであるかを判断して、右相当因果関係の有無を判断すべきである。

(三) 原告らは、副参事昇格試験が不公正であると主張し、その具体的内容として、係長昇進が副参事昇格試験合格の決定的条件であること、原告丙原外三名が係長昇進差別と人事考課差別とを受けていること等を主張し、さらに、副参事への昇格は年功を加味して行われており、原告丙原外三名は副参事に必要な能力を備えていることを主張している。原告らのこれらの主張の趣旨は、副参事への昇格は、実は副参事昇格試験によって決定されているのではなく、補助参加人が誰を昇格させるかを判断して決定しているのであり、補助参加人は、原告組合の組合員についてはこれを係長に昇進させるべき対象から排除した上、人事考課差別を行って副参事昇格試験合格の可能性を事実上奪っているものであって、副参事昇格試験は公正な試験としては事実上崩壊していること、このように、副参事昇格試験はカムフラージュに過ぎず、係長に昇進している者については年功を加味して副参事昇格を決定していることからすれば、不当労働行為に対する救済命令の内容としては、原告組合の組合員については年功を加味して副参事に昇格させることが可能であり、かつ、それが必要であること、以上の各点を主張する趣旨であると解することができる。

原告らの右主張は、(二)で述べた判断を行うに当たって重要な意義を有し、また、補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないことが不当労働行為に当たるとした場合にいかなる救済措置を採るべきかにかかわるものである。そこで、以下、補助参加人の運用している副参事昇格試験が、制度として整備されているだけでなく、実際に公正な選抜制度として機能しているか、それともそれが原告組合との関係では組合差別の手段として運用されているものであるかを検討する。

2 不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間の相当因果関係の有無について

(一) 前記争いのない事実等に《証拠略》を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

(1) 副参事昇格試験について

補助参加人は、昭和五三年一〇月から昇格試験制度を導入した。昇格試験制度は、昇格試験制度運用規程(昭和五三年一〇月二四日付け人事部長「昇格試験制度運用規程」)に基づいて実施されている。昇格試験制度運用規程によれば、昇格試験の評価項目は、人事考課、推薦、学科試験、論文及び面接であり、主事から参事までの昇格試験の評価項目は全項目とするとされているが、昭和五八年度実施の昇格試験以降は、推薦と面接が中止されており、副参事昇格試験については、人事考課、学科試験及び論文が評価項目とされ、各評価項目の全体の評価に占める割合は、人事考課が五〇パーセント、学科試験が三〇パーセント、論文試験が二〇パーセントとされている。

学科試験は、業務知識を問う問題と専門知識を問う問題とから成り、全体の評価に占める割合はそれぞれ二〇パーセント及び一〇パーセントである。

(争いのない事実、《証拠略》)

(2) 原告丙原外三名の人事考課査定並びに学科試験及び論文試験の成績について

ア 昭和五八年度(原告丁田及び原告戊野が受験)について見ると、合格者の最低点は七一・三点であり、学科試験及び論文試験の配点は合計五〇点であり、その平均点は二六・一五点であった。人事考課がB評価の場合には三三・三三点(小数第三位以下を四捨五入)を得たことになるから、学科試験及び論文試験で右平均点を一一・八二点上回る三七・九七点を取る必要があり、人事考課がC評価の場合には二五点を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で右平均点を二〇・一五点上回る四六・三点を取る必要があり、人事考課がD評価の場合には一六・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で満点でも合格できないことになる。逆に人事考課がA評価の場合には四一・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を獲得したことになるから、学科試験及び論文試験では前記平均点を三・四八点上回る二九・六三点を取れば足りるし、この者がB評価、C評価及びD評価の者について述べた右の各点を獲得したとすれば、その合計点は、七九・六四点、八七・九七点及び九一・六七点となり、合格者の最低点七一・三点を大きく上回る数字となる。

昭和五八年度における原告丁田及び原告戊野の人事考課の合計評点は、それぞれ二一・九点、二〇・七点であり、いずれもC評価とD評価の中間的な数値であった。

他方、昭和五八年度における学科試験及び論文試験の得点は、原告丁田がそれぞれ一五・二点及び九点、原告戊野がそれぞれ一〇・六点及び一一点であった。両名の人事考課の得点を受験者中の最高点四一・六点に置き換えても、得点合計は原告丁田が六五・八点、原告戊野が六三・二点となるにとどまり、合格者の最低点七一・三点に達しない。

イ 昭和五九年度(原告丙原及び原告丙田が受験)について見ると、合格者の最低点は七三・五点であり、学科試験及び論文試験の配点は合計五〇点であり、その平均点は二六・二九点である。人事考課がB評価の場合には三三・三三点(小数第三位以下を四捨五入)を得たことになるから、学科試験及び論文試験で右平均点を一三・八点上回る四〇・一七点をとる必要があり、人考事課がC評価の場合には二五点を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で右平均点を二二・二一点上回る四八・五点をとる必要があり、人事考課がD評価の場合には一六・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で満点でも合格できないことになる。逆に人事考課がA評価の場合には四一・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を獲得したことになるから、学科試験及び論文試験では前記平均点を五・五四点上回る三一・八三点を取れば足りるし、この者がB評価、C評価及びD評価の者について述べた右の各点を獲得したとすれば、その合計点は、八一・八四点、九〇・一七点及び九一・六七点となり、合格者の最低点七三・五点を大きく上回る数字となる。

昭和五九年度における原告丙原及び原告丙田の人事考課の合計評点は、それぞれ一七・五点及び二八・七点であり、D評価に低い数値、B評価とC評価の中間的な数値であった。

他方、昭和五九年度における学科試験及び論文試験の得点は、原告丙原がそれぞれ八・一点及び九点、原告丙田がそれぞれ一七・九点及び一〇・六点であった。両名の人事考課の得点を受験者中の最高点四一・四点に置き換えても、得点合計は原告丙原が五八・五点、原告丙田が六九・九点となるにとどまり、合格者の最低点七三・五点に達しない。

ウ 昭和六二年度(原告丙原外三名が受験)について見ると、合格者の最低点は八〇・一点である。人事考課がB評価の場合には三三・三三点(小数第三位以下を四捨五入)を得たことになるから、学科試験及び論文試験で四六・七七点をとる必要があり、人事考課がC評価の場合には二五点を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で満点でも合格できないことになる。逆に人事考課がA評価の場合には四一・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を獲得したことになるから、学科試験及び論文試験では三八・四三点を取れば足りるし、この者がB評価の者について述べた右の点を獲得したとすれば、その合計点は、八八・四四点となり、合格者の最低点八〇・一点を大きく上回る数字となる。

昭和六二年度における人事考課の合計評点は、原告丙原が二六・二点でほぼC評価であり、原告丁田が三三・二点でほぼB評価であり、原告戊野が二五点でC評価であり、原告丙田が三三・四点でB評価であった。

他方、昭和六二年度における学科試験及び論文試験の得点は、原告丙原がそれぞれ一〇・五点及び一〇・五点、原告丁田がそれぞれ一四点及び九・七点、原告戊野が七・八点及び七・五点、原告丙田がそれぞれ二一・五点及び一一・八点であった。原告丙原外三名の人事考課の得点を受験者中の最高点四一・八点に置き換えても、得点合計は原告丙原が六二・八点、原告丁田が六五・五点、原告戊野が五七・一点、原告丙田が七五・一点となるにとどまり、合格者の最低点八〇・一点に達しない。

エ 平成元年度(原告丙原外三名が受験)について見ると、合格者の最低点は七八・三点である。人事考課がB評価の場合には三三・三三点(小数第三位以下を四捨五入)を得たことになるから、学科試験及び論文試験で四四・九七点をとる必要があり、人事考課がC評価の場合には二五点を得たにとどまるから、学科試験及び論文試験で満点でも合格できないことになる。逆に人事考課がA評価の場合には四一・六七点(小数第三位以下を四捨五入)を獲得したことになるから、学科試験及び論文試験では三六・六三点を取れば足りる。

平成元年度における人事考課の合計評点は、原告丙原が二五・二点でほぼC評価であり、原告丁田が二八・四点でほぼC評価であり、原告戊野が二五点でC評価であり、原告丙田が三三・四点でB評価であった。

他方、平成元年度における学科試験及び論文試験の得点は、原告丙原がそれぞれ一四・五点及び一〇・九点、原告丁田がそれぞれ一七・七点及び一一・一点、原告戊野が一二・四点及び一一・一点、原告丙田がそれぞれ二三・九点及び一一・三点であった。原告丙原外三名の人事考課の得点を受験者中の最高点四一・六点に置き換えても、得点合計は原告丙原が六七点、原告丁田が七〇・四点、原告戊野が六五・一点、原告丙田が七六・八点となるにとどまり、合格者の最低点七八・三点に達しない。

オ 以上によれば、昭和五八年度については、原告丁田及び原告戊野は、人事考課においてC評価とD評価の中間的な評点の査定を受け、学科試験及び論文試験で満点に近い得点を取らないと合格できず、合格することは極めて困難であり、実際上合格可能性がほとんどない状況であった。また、昭和五九年度については、原告丙原は、人事考課においてD評価に近い評点の査定を受け、原告丙田はB評価とC評価の中間的な評点の査定を受け、原告丙原については学科試験及び論文試験で満点でも合格できず、原告丙田も学科試験及び論文試験で九割近い高得点を得なければ合格できず、実際上合格の可能性は乏しかった。さらに、昭和六二年度については、原告丙原及び原告丁田は、人事考課において(ほぼ)C評価の査定を受け、学科試験及び論文試験で満点でも合格できず、原告丁田及び原告丙田は、人事考課において(ほぼ)B評価の査定を受けたが、学科試験及び論文試験で九割以上の高得点を得なければ合格できず、実際上合格の可能性は乏しかった。平成元年度については、原告丙原、原告丁田及び原告戊野は、人事考課において(ほぼ)C評価の査定を受け、学科試験及び論文試験で満点でも合格できず、原告丙田は、人事考課においてB評価の査定を受け、学科試験及び論文試験で九割近い高得点を得なければ合格できず、実際上合格の可能性は乏しかった。

したがって、仮に原告丙原外三名が差別的取扱いにより右のような評価を受けたのであれば、原告丙原外三名は、人事考課におけるそのような低い評価のために、実際上合格できない立場に置かれてしまったものというべきであるから、人事考課における差別的取扱いと副参事昇格試験不合格の結果との間に条件関係を肯定することができる。

他方、原告丙原外三名が人事考課の最高得点を得たものとして合計得点を算出しても、原告丙原外三名は合格最低点に達しないから、原告丙原外三名の学科試験及び論文試験の成績不振と副参事昇格試験不合格の結果との間にも条件関係を肯定することができる。

(3) 補助参加人の不当労働行為意思について

ア 前記争いのない事実等で述べたとおり、本件和解協定後、昭和五九年一一月一日付け「芝労組ニュース」に補助参加人の勝常務の芝労組に対する説明として、「1 旧労は政治闘争の場として、芝信の労使関係をとらえており、片寄った政治思想の導入の場としている。この旧労の姿勢と方針は今後とも金庫としては絶対に受け入れない。しかし、一般社会は旧労の闘争を労使関係としてとらえており、金庫に対し話し合いを進めるよう指導してきており、金融諸環境の激化、対境関係を考慮し経営の責任において和解に踏み切った。2 今後の労使関係のあり方については芝労組とこれまで以上の信頼関係を築き十分対話を深めていく。3 今後の旧労問題については、経営の責任において経営階層との意思統一をより強化し、管理体制を充実強化して対応していく。これまでのラインとしての管理の不十分さを反省し、まず体制を完備し、方針を徹底していく。」と勝常務が発言したという記事が載ったが、補助参加人の高橋人事部長は、原告組合から真意をただされても、勝常務の発言については否定も肯定もせず沈黙しており、補助参加人は、結局、前記記事について、芝労組に対し、抗議、あるいは、訂正を求める等の措置を執らなかった。

もっとも、補助参加人は、再審査申立て事件の手続において、昭和五九年一一月一日付け「芝労組ニュース」には、勝常務が「和解にあたり金庫経営の和解推進担当者であった」との記載があるが、この記載が事実に反すること、当時勝常務と常に接していた今駒推進役(本部総合企画室)は右文書に記載されているような勝常務の発言に接したことがないこと、本件和解協定成立当時、勝常務が所属部署(本部総合企画室)の職員に対し本件和解協定の説明をした際も右文書に記載されているような考えを持っていなかったこと、右文書には勝常務の発言の時期及びどのような場所での発言かの記載がなく、信用性に欠けること、原告組合が団体交渉で補助参加人に右文書のことを質問したのは一回だけであり、補助参加人に抗議したこともないこと、団体交渉の場で突然何年も前のことを質問されても、事実関係を確認しないのにその場で言及できないことは当然であること、以上のように主張し、補助参加人の申請した証人もその旨証言していた(《証拠略》)。

しかしながら、前記争いのない事実等に、《証拠略》を併せて考えれば、本件和解協定に至るまで、芝労組が原告組合を相容れない存在としてとらえ、その組合員を排斥する政策を採り、原告組合との間に厳しい対立抗争があったこと、補助参加人は、芝労組と協調路線を採る反面、原告組合の運動路線を嫌悪し、これと深刻な労使紛争の状態にあったことを認めることができる。勝常務の芝労組に対する前記説明は、このような補助参加人の立場と何ら抵触するものでなく、むしろ補助参加人の考え方をほぼ正確に表現しているものとみることができる。

イ 補助参加人は、昭和六〇年一〇月二二日、関係団体、取引先等の来賓を招いて創立六〇周年記念式典を開催した際、芝労組にはあらかじめこの行事についての協力要請と出席要請をしてその出席を得たが、原告組合には協力要請も出席要請もせず、原告組合の組合員は誰も出席しなかった。

もっとも、補助参加人は、再審査申立事件の手続において、六〇周年記念事業は多岐にわたるものであり、そのうち、記念預金増強運動、業務推進活動、金庫内記念事業には原告組合の組合員も他の職員とともに参加していること、創立六〇周年記念式典は、顧客・関係先への感謝事業の一つであるが、元々記念事業計画が芝労組の発案に係るものであり、芝労組が積極的な協力態勢を執ったので、芝労組の役員若干名に来賓を接遇するため運営接待担当者として出席を要請したこと、原告組合からはそのような申入れ及び協力申出は一切なかったこと、以上を理由に、補助参加人が原告組合に対してその役員代表の出席要請をしなかったことをもって、不当労働行為意思の認定の一助とするのは証拠評価を誤ったものと主張し、補助参加人の申請した証人もその旨証言していた(《証拠略》)。

しかしながら、創立六〇周年記念式典は、総勢約四〇〇名の来賓を招いて東京プリンスホテルで開催され、大蔵省関東財務局長(代理として理財部長)、港区長(職務代理者)等から来賓祝辞があった盛大なものであり、補助参加人にとって重要な行事であったところ、補助参加人がかかる重要な行事の運営等について、芝労組の協力を得ながら、原告組合からは申出がなかったという理由で協力等を求めなかったことは、補助参加人の原告組合に対する嫌悪の意思を推認させる間接事実となることは否定し難いといわなければならない。

ウ 補助参加人の社内報「しば」の昭和六二年新年号において、各支店単位で新年の挨拶を掲載した際、原告組合の組合員のみが除外されていた。

エ 以上の事実が存するのであり、補助参加人は、本件和解協定後も、職場環境、職場内の規律、秩序にかかわる問題がありながら、芝労組の原告組合排斥政策を有効に是正しようとせず、補助参加人自らも芝労組との関係において原告組合を排斥する挙に出ているのであって、これらに弁論の全趣旨を併せて考えれば、補助参加人は、原告組合を嫌悪しているものと認めることができる。

(4) 人事考課における組合差別について

ア 前記争いのない事実等によれば、次のとおりである。

原告組合の組合員(男性、以下この項において同じ。)については、昭和五九年度以降も人事考課においてS評価又はA評価を受けた者はなく、B評価が最高であり、しかもB評価を受けた者は原告組合の組合員全体の四分の一程度にとどまる。原告組合の組合員でD評価を受けた者の数及び原告組合の組合員全体に占める割合は、昭和五九年度から昭和六二年度の間に顕著に減少しており、D評価からC評価に移行した者が相当数あるが、それでもC評価及びD評価を併せると原告組合の組合員全体の約七〇パーセントを占めており、原告組合の組合員に対する人事考課は、C評価が標準となっていることを否定できない。

他方、芝労組の組合員については、S評価を受けた者はごくわずかにとどまるが、A評価を受けた者は全体の三割から三分の一以上に達しており、B評価を受けた者は全体の半数以上に達している。C評価を受けた者及びD評価を受けた者を併せても、全体の八パーセントから一三パーセント程度である。芝労組の組合員に対する人事考課は、B評価以上の評価を受けた者が全体の九割程度に達しており、B評価が標準となっている。

イ 前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を併せて考えれば、次のとおり認めることができる。

原告組合と芝労組との対立は根深く、芝労組は、本件和解協定後も原告組合の組合員を敵視し、孤立させ、排斥する政策を採っていた。原告丙原外三名に対する人事考課評定者は、芝労組の組合員又はかつてそうであった者が大半であり、殊に第一次評定者は係長であったから、原告丙原外三名に対する人事考課を行うに当たって、芝労組の原告組合敵視政策の影響を完全に払拭できたものと考えることは困難である。

ウ 《証拠略》によれば、本件和解協定成立前に原告組合と補助参加人との対立関係があったため、原告組合の組合員の能力開発の意欲が薄れ、本件和解協定時において、原告組合の組合員と芝労組の組合員の能力には相当格差があったこと、原告組合所属の男性職員のうちにD評価を受けた者が占める割合は、昭和五六年度の夏期臨給及び年末臨給については八〇パーセント以上であったのが、昭和五八年度の夏期臨給及び年末臨給については四一パーセント、昭和五九年度の夏期臨給及び年末臨給については二〇パーセント台にまで減少し、昭和六〇年度の夏期臨給及び年末臨給についてはそれぞれ一八パーセント及び一四パーセント、昭和六一年度の夏期臨給及び年末臨給についてはいずれも九パーセント、昭和六二年度の夏期臨給及び年末臨給についてはそれぞれ一四パーセント及び一五パーセントとなっており、顕著に減少していることが認められる。

これらの事実によれば、原告組合の組合員に対する人事考課査定が本件和解協定から年数がたつに連れて上向いており、原告組合の組合員が本件和解協定後職場に復帰し、経験を積むに従って成績がよくなったという事情を投影している面があることは事実である。

しかしながら、アで述べたように、本件和解協定成立から五年以上たってもなお原告組合の組合員全体の約七〇パーセントがC評価及びD評価を受けており、原告組合の組合員に対する人事考課はC評価が標準となっていることを否定できないのに対し、芝労組の組合員については、A評価を受けた者が全体の三割から三分の一以上、B評価を受けた者が全体の半数以上に達し、C評価を受けた者及びD評価を受けた者については全体の八パーセントから一三パーセント程度にとどまり、芝労組の組合員に対する人事考課は、B評価以上の評価を受けた者が全体の九〇パーセント程度に達し、B評価が標準となっているのであって、これらの事実に基づいて考えると、元々の評価が組合差別で低いものとなっていたことが解消されたというにはほど遠く、芝労組の組合員と比べると、依然として能力等の向上よりも低い査定を受けていることを否定できない。

エ<1> 原告丙原外三名の復職後の臨給考課の結果は争いのない事実に記載のとおりであって、原告丙原が副参事昇格を求めた昭和六〇年の夏・冬・期末の臨給考課は、それぞれ〇・二、〇・二、〇・三であり、原告丁田が副参事昇格を求めた昭和五九年の夏・冬・期末の臨給考課は、いずれも〇・三であり、原告戊野が副参事昇格を求めた昭和五九年の夏・冬・期末の臨給考課は、それぞれ〇・二、〇・二、〇・二であり、原告丙田が副参事昇格を求めた昭和五九年の夏・冬・期末の臨給考課は、いずれも〇・三であった。

<2> 補助参加人は、得意先係の担当地域は適宜変更しているし、原告丙原、原告戊野の目標値が得意先係の他の係員の平均目標値より低く設定されていたことを根拠に、日常業務実績を考慮する上で担当地域による不利益はないと主張する。

《証拠略》によれば、得意先係の目標設定は、その担当地域が取引先層が厚いか薄いかに応じて目標値の大小が決定されること、目標達成度の評価は目標値に対してどれだけ実績を上げたかによって判断されること、原告丙原が高輪支店に勤務していた当時、原告丙原の目標値が得意先係の他の係員の平均目標値より低く設定され、また、原告戊野が新城支店に勤務していた当時、原告戊野の目標値が得意先係の他の係員の平均目標値より低く設定されていたことが認められるから、補助参加人の前記主張に沿う事実が存することは事実である。

ところで、補助参加人は、都労委及び被告の各審問手続において同旨を主張しており(《証拠略》)、都労委の審問手続において、補助参加人申請の丙野四男は、得意先係の目標設定は、その担当地域が取引先層が厚いか薄いかに応じて目標値の大小が決定されること、従来からの取引先の少ない地域では、満期継続額が少なくなるが、そのような地域では、増口又は新規に振り向ける時間が当然他の職員よりも多くなること、以上を理由に、そのような地域を担当する得意先係員がこれらで獲得しなければならない比率が高くなっても、不利益はない旨供述した(《証拠略》)。

しかしながら、原告丙原、原告戊野の目標値が得意先係の他の係員の平均目標値より低く設定されていたことが裏付けるように、原告丙原、原告戊野の担当地域が、得意先係の他の係員のそれよりも実績を上げることが困難な地域であったことは否定し難いのに、従来からの取引先が少なければ増口又は新規に振り向ける時間が当然他の職員よりも多くなると論じるだけでは説得力に乏しく、むしろこのような形式的論理を根拠に不利益がないと論ずる態度は、担当地域、顧客層、預金、積金等の実態を十分考慮せずに、増口又は新規の目標値の達成度が低い場合には原告丙原、原告戊野の実績が悪い、努力が足りない、あるいは能力が低いと評価していたことをうかがわせるものである。

したがって、補助参加人は、原告丙原、原告戊野の人事考課を行うに当たり、その担当地域が、得意先係の他の係員のそれよりも実績を上げることが困難な地域であったことをどのように考慮した上で、査定したのかを明らかにし、その査定が公正なものであることを立証する必要が生じているものというべきであるが、これらの点は本件訴訟において明らかにされていない。

<3> 《証拠略》によれば、原告丙原が昭和四四年度上半期に得意先係優績表彰を受けたこと、原告丁田が昭和四四年度下半期、得意先係優績表彰を受けたこと、復職後、顧客へのセールス用のデモブツクの講習において、外部講師の審査がすべてA評価であったこと、原告戉野については、昭和四二年、ミス防止提案が採用されたこと、昭和四四年度下半期及び昭和四五年度上半期得意先係優績表彰を受けたこと、原告丙田が昭和四三年、実績や能力のある者が選抜される支店開設準備委員に選ばれたこと、昭和四三年度下半期及び昭和四四年度上半期に得意先係優績表彰を受けたこと、原告丙田が全国信用金庫協会の主催する昭和六一年度全信協上級実務試験に合格したこと、右試験の合格率は一〇・四パーセントであったことがそれぞれ認められる。

右認定事実のうち、得意先係優績表彰等はいずれも本件和解協定前のことであり、また、デモブツク作成能力は業務能力を直接証するものではないし、《証拠略》によると、支店開設準備委員とは、支店が開設されて、その後、営業を開始すればそのままその支店に配属されるのであって、支店開設準備委員の発令は通常の店舗構成を考えての通常の人事発令に過ぎないことが認められるが、そうであつても、やはり潜在的な能力を示すことを否定できないし、一般に、新設された支店に対しては期待が強く、また、既存支店と比較して、取引先等が少なく開拓する必要性が高いことから、通常以上の能力を有する者を配置することが多いと思われるのであって、右の各事実は、原告丙原外三名の能力が低いことを否定する意味を有し、相当の能力を有していたことをうかがわせるものである。

《証拠略》によると、本件和解協定後の昭和五五年一二月、原告丁田は梅屋敷支店に配属され、指定された顧客への集金という比較的単純な業務に従事したことが認められるが、同時に同原告が右の業務に従事したのは、同原告がしばらく仕事を離れていて不慣れだったためにすぎず、右の事実から同原告の有する能力そのものが著しく劣るとはいえない。

《証拠略》によると、昭和五八年当時、原告丙原は資金方の担当であったが、本部指導部門に報告があった五件程度の違算を発生させたことが認められるが、その他に、丙原外三名の業務能率が低いとか、非違行為があったことを認めるに足りる証拠はない。

オ 《証拠略》を併せて考えれば、補助参加人は、ラインとしての店舗長代理(新人事制度では課長)に昇進させる人材と専門職的な職位に昇進させる人材の給源として副参事を位置付けており、ラインとしての店舗長代理(新人事制度では課長)に昇進させる人材かどうかは人事考課と所属長の意見に基づいて判断していることが認められる。

カ 《証拠略》によれば、昭和五六年から平成元年までの九年間における副参事昇格試験受験者は一〇七六名、合格者は一〇一名であるが、合格者のうち一〇〇名は「本部推進役、係長及びその経験者」であり、副参事昇格試験は係長に昇進していないと合格することが実際上困難であること、補助参加人の職員の間では、係長に昇進していない限り合格できないという空気が広がっていたことを認めることができる。

キ 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告乙山は、昭和三九年に係長待遇、昭和四一年に係長に昇進し、原告丙川及び原告甲野は昭和四〇年にそれぞれ係長に昇進したが、いずれも芝労組結成後の昭和四五年に調査役に異動となり、昭和五一年に係員に降職になっている。

補助参加人は、初審命令の手続において、「特に部下の統率力に問題があったからである。」、「従組がこのような主張をする根拠として提出した甲第二三号証(本件訴訟の乙第七三号証)『芝従組ニュース』をみても、『職制としては、人格、リーダーシップが必要だ』、『今の従組は経営者は敵といっている。こういうことではこまる』と述べており、従組の組合としての方針はどうであれ、職制としては金庫の意見に則って行動してもらわないと困るし、またそうでないと部下に対するリーダーシップもとれないとの金庫の考え方が読みとれるのである。」と主張していた。

ク 《証拠略》を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

補助参加人は、新人事制度の下で廃止される前の係長の職位には年功序列で昇進させていた。補助参加人は、昭和四〇年当時、年齢、学歴給という年功序列式人事制度を採用しており、係長への昇進は大卒者で雇用後六年ないし七年位、高卒者で一二年位が標準であったことを認めていた(《証拠略》)。もっとも、補助参加人は、昭和四二年に職務・職能給制度を採り入れて右の制度を変更したと主張していたが、原告組合の組合員に対し、係長昇進差別を行い、原告組合の組合員をラインとしての係長に昇進させなかったし、推進役に昇進させることはあっても、ラインとしての店舗長代理(新人事制度では課長)には昇進させていない。原告組合の組合員で係長に昇進した者はいなかったし、店舗長代理に昇進した者も一人もいない。

補助参加人は、新人事制度導入後、平成四年四月一日係長の職位を廃止した。その理由は、係長の職務が課長の職務と重複する部分が比較的多いこと、組織のスリム化を図ること、資格による処遇をより重視すること(同一資格同一賃金の実現)であった。

(5) (4)の各事実を総合して考えれば、補助参加人は、原告組合の組合員をラインとしての係長、店舗長代理及びこれに相当する推進役(以上いずれも新人事制度導入前の職位で表示した。)には昇進させない人事政策を採り、そのため原告組合の組合員を能力よりも低く査定して係長に昇進させなかったこと、人事考課において、職責等の差異にかんがみて係長に昇進した者と係長に昇進させない者との間に査定の上で顕著な格差を設け、それぞれその枠組みの中で査定を行っていたものであること、新人事制度導入前はラインとしての店舗長代理及びこれに相当する推進役のポストの空きに応じて副参事昇格試験合格者を決定していたこと、その結果原告組合の組合員は学科試験及び論文試験で顕著な高得点を得ない限り副参事昇格試験に合格できないこととなったこと、以上のとおり推認することができる。

右事実に基づいて考えると、右に見た査定の上での顕著な格差は、係長の職責等の差異に基づくものであり、より責任の重い重要な職務を遂行すべき立場にある者に対する査定と、そうでない者に対する査定とで格差が生じたことが直ちに不合理な差別に当たるものではないが、右に述べたように、補助参加人は、もともと原告組合の組合員をラインとしての係長、店舗長代理(本件命令によっていずれも年功で昇進できる職位であると認定されている。店舗長代理及びこれに相当する推進役の職位については一九七頁参照)には昇進させない人事政策を採り、そのため原告組合の組合員を能力よりも低く査定して係長に昇進させなかったのであるから、右に述べた格差を生じさせる原因となる組合差別を行ってきたことは否定し難く、このような場合には、補助参加人は人事考課において組合差別を行ったものと解するのが相当である。

補助参加人は、人事考課が公正である旨主張するが、その論拠は、補助参加人の人事考課制度が公正に査定が実施されるように整備されていること、実際にも公正に実施されてきていること、人事考課の査定項目は、実績のみに尽きるものではなく、能力項目、勤務態度項目等多岐にわたり、かつ、評価期間ごとに査定が行われるから、原告らの過去のごく一部の実績を根拠に、補助参加人の人事考課が公正でないということはできないこと、以上の各点にある。

しかしながら、補助参加人の人事考課制度が仕組みとしては公正に査定が実施されるように整備されていることはこれを肯定することができるが、制度と運用とは別個の問題であり、公正な査定が行われる仕組みが用意されていても、実際に査定をするに当たり組合差別が行われうることも否定できない。前記各事実に基づいて考えれば、補助参加人は人事考課制度を運用するに当たって原告組合の組合員を差別していたものと認めることができる。また、この認定が、原告らの過去のごく一部の実績を根拠に、補助参加人の人事考課が公正でないというものでないことは既に説示したところから明らかである。

補助参加人の主張は理由がない。

(6) 原告丙原外三名の学科試験及び論文試験の成績不振が原告丙原外三名の責めに帰すべき事由に基づくものであるか否かを検討する。

《証拠略》によれば、昭和五三年度、昭和五五年度、昭和五七年度、昭和五八年度、昭和五九年度、昭和六一年度、昭和六三年度、平成二年度、平成四年度、平成六年度の学科試験の試験問題及び解答並びに昭和五八年度の学科試験の原告丁田及び原告戊野の答案及び昭和五九年度の学科試験の原告丙原及び原告丙田の答案、昭和五八年度論文試験の原告丁田及び原告戊野の答案、昭和五九年度論文試験の原告丙原及び原告丙田の答案が証拠上明らかであるほか、次の事実を認めることができる。

ア 学科試験について

<1> 学科試験のうち専門知識を問う問題は、昭和五五年度以降は財務分析編、金融法務編及び税務編の三分野から出題されており、出題は、金融機関に勤務する職員がこれらの分野について備えるべき一般的知識を問うものであり、客観的に正解が定まる内容のものである。

<2> 学科試験のうち業務知識を問う問題は、事務編、融資編及び得意先編の三分野から出題されている(平成二年度以降は、事務編、融資編、営業編、一般常識に分野別されている。)。事務編については、手形・小切手、手形交換(不渡手形の取扱いを含む。)、歳入代理店事務の取扱い、預金契約、総合口座取引、当座勘定取引、残高証明書の取扱い、国債の保護預り、出資金、株式払込受託事務、代金取立事務、当座小切手、決算(当座預金、普通預金)、時効の援用処理等、融資編については、貸出先の変動、企業の財務調査、信用金庫取引約定、当座貸越、預金相殺、担保、保証(信用保証)、ネガティブクローズ、不動産登記、外国為替、債務者預金の緊急拘束、会社の計算、時効の管理、債権の延滞解消等、得意先編については、融資商品に関する基礎知識(代理貸付(国民金融公庫、中小企業金融公庫等)、保証付き融資等)、税務に関する基礎知識、金融商品全般に関する基礎知識(期日指定定期、中期国債ファンド、ビッグ、ワイド、定額郵便貯金、国債定期口座、国債、インパクトローン等)、基礎項目に関する知識(年金、財形、公共料金、各種カード等)、得意先活動の訪問効率、地域管理、得意先活動管理基準等に関する問題が出題されており、客観的に正解が定まる内容のものである。

<3> 補助参加人の人事課は試験後に学科試験問題と解答を公表している。本件訴訟において証拠として提出された昭和五三年度、昭和五五年度、昭和五七年度、昭和五九年度、昭和六一年度、昭和六三年度、平成二年度、平成四年度、平成六年度のものだけでなく、昇格試験を実施した全年度について学科試験の試験問題及び解答が公表されている(《証拠略》)。

<4> 補助参加人は、毎年度、昇格試験受験者の便益に供するために、試験実施の一箇月ないし二箇月前に論文試験のみならず、学科試験についても出題範囲につき受験等級(書記一級、主事、副参事)別に昇格試験学科試験ガイダンスを配布している。例えば、昭和五九年度昇格試験学科試験ガイダンスは、財務分析編について次のようなガイダンスをしていた。すなわち、財務分析編については、企業の収益性を判断するのに損益分岐点、分析という技法があり、損益分岐点を求める公式、目標利益を求める公式を忘れずに受験すること、棚卸資産の評価方法の中の「最終仕入原価法」が中小企業の場合使用されているが、物価が上昇傾向にある場合と下降傾向にある場合とで、評価額が総利益にどのように影響してくるかについて移動平均法との比較において検討を重ねておくことが指摘されていた。昭和五九年度昇格試験学科試験の財務分析編の問題は、事例として取引先の損益計算書を示して前記と当期の損益分岐点を算出し、いずれの決算期の方がよいかを答えさせる問題と、取引先が前期までは移動平均法を採用していたが、当期から最終仕入原価法に変更した場合に粗利益にどのように影響したかを論じさせる問題であったから、前記のガイダンスに沿って受験勉強をしておけば効率よく得点できるような問題であった。

イ 論文試験について

副参事昇格試験の論文テーマは次のとおりである。

昭和五八年度「自己啓発、自己研鑚を現在あるいはこの一年間どのような方法で行ってきたか。それを仕事の上で、どのように活かしていますか述べて下さい。」

昭和五九年度「金庫の収益向上をはかる上で業務推進上の課題は何か、自分の担当業務を通してどういう努力をしてきたか述べて下さい。」

昭和六〇年度「金融自由化が進む中であなたは管理者としてどう対応しようと考えているか述べて下さい。」

昭和六一年度「あなたが副参事支店長代理としてどう支店(あるいは部・課)を運営していこうとするのか考え等を述べて下さい。」

昭和六三年度「管理者は部下を啓発し、育成する任務を負っています。部下を立派に育成するには、あなたは指導者としてどんな能力をもつべきかを述べ、あわせて、今後あなたがやろうとしている部下育成計画について論じて下さい。」 平成二年度(一題選択のこと)「あなたの所属する課の翌年度の方向につき、(1)重点課題(テーマ)、(2)なぜ、それが重点課題(テーマ)であるかの理由、(3)重点課題を実行するための具体策の3つの観点で所見をまとめて下さい。」、「コミュニケーションの強化は、組織にとって大切なものです。コミュニケーションを良くするには、どうすればよいか。上下左右のコミュニケーションの要である課長職の立場で所見を述べて下さい。」

平成四年度「金融の自由化が最終段階に入り、あなたが所属している課で、何が一番大切か、重点課題を3つ挙げ、具体的推進策を述べて下さい。」

平成六年度「金利の完全自由化時代の中で、あなたが実行しようと考えている業務上の重点目標をあげ、それをどのように推進していこうと考えているのか、具体的に論述して下さい。」

これらの問題は、性質上客観的に正解が定まるものではないが、不公正な内容であるとはいえず、受験者が日頃から問題意識を持ち、関係するテーマの書物を読み、考察の幅を広げ、思考を深めておくことによって対応することが可能なものであって、要は受験者自身の努力によって十分対応できる問題であった。

ウ 以上の事実が認められ、これによれば、学科試験は、試験問題の内容が金融機関に勤務する職員が備えるべき一般的知識を問うものであり、客観的に正解が決まる内容のものであって、事後的に試験問題及び解答を公表していることと相まって、客観性を備えている試験であるということができるし、受験者は、配置されている部署、仕事の内容にかかわらず、各年度の昇格試験学科試験ガイダンスを有益な手掛りとしてあらかじめ受験勉強をして備えることが十分に可能であるということができる。係長に昇進して研修を受けることができた者に有利な面があるとしても、学科試験が公正さに欠けるとまでいうことはできない。

また、論文試験の採点は、補助参加人から任命された二名の役職員が全答案を採点し、二名の評点に著しい差が生じた場合には、協議をするなどして公平を期していること、また、昭和六〇年度からは採点者には論文の作成者の名前が分からないようにする方法を採り入れ、より公正を確保することができるようにする措置を執っていることが認められ、論文試験について原告組合所属の組合員の答案を殊更に低く採点したことを認めるに足りる証拠はない。

原告乙川八郎本人及び原告丙田二男本人の各供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができない。

他に右認定に反する証拠はない。

エ 原告丙原外三名は、係長昇進差別、人事考課差別によって学科試験及び論文試験の勉強の意欲をそがれ、オンザジョツブ・トレーニングによって知識を習得する機会を奪われたと主張するが、学科試験及び論文試験の問題の内容、その性質等は前記のとおりであり、原告丙原外三名が金融機関において働く以上は当然習得すべき知識、あるいは習得しておいてよい知識等を問うものであって、オンジョツブトレーニングによらないでも本人の努力によって十分対応できるものであるから、原告丙原外三名が長年にわたる労使間の紛争のために数々のハンディキャップを負うこととなったことは理解できるものの、原告丙原外三名の前記主張は、説得力を欠き、採用することができないといわざるを得ない。

(7) 以上に基づき、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間の相当因果関係を肯定すべきか否かを検討すると、補助参加人は、原告組合の組合員をラインとしての係長、店舗長代理には昇進させない人事政策を採り、人事考課において原告組合の組合員を差別的に低く査定して係長に昇進させなかった(本件命令によって係長は年功で昇進できる職位と認定され、対象者を係長に昇進したものとして取り扱わなければならないと命じられたが、補助参加人は本件命令に対する取消訴訟を提起して争うことをしなかった。)上で、係長に昇進した者と係長に昇進させなかった者との間に査定の上で顕著な格差を設けていたものであり、原告組合の組合員は係長に昇進させず、学科試験及び論文試験で顕著な高得点を得ない限り合格できないようにしていたのであるから、その限度では副参事昇格試験の公正を自ら損なう運用を行っていたのであり、その持つ意味を考えると、原告丙原外三名の学科試験及び論文試験の成績不振の原因が本人の努力不足にあることを考慮しても、補助参加人の行為の重大性を看過することはできないから、不当労働行為意思に基づく人事考課における差別的な低い査定と昇格試験不合格の結果との間に相当因果関係を認めるのが相当である。

3 補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないことの不当労働行為性に関する本件命令の判断について

以上によれば、補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないことは不当労働行為に該当するものと解するのが相当であり、本件命令が不当労働行為の成立を否定したことは相当ではないから、本件命令中右判断に関する主文第[4]項は取り消すべきである。

なお、前記のとおり、原告らは、原告丙原外三名が副参事に必要な能力を備えていること、補助参加人が係長に昇進している者については年功を加味して副参事昇格を決定していることからすれば、原告組合の組合員については年功を加味して副参事に昇格させれば足りることを主張しており、原告らの右主張は、補助参加人が原告丙原外三名を副参事に昇格させないという不当労働行為を行った場合にいかなる救済措置を採るべきかの検討に関係するものであるが、いかなる救済措置を執るべきかは被告がその裁量により決定すべきことであるから、ここで判断の限りではない。

六  本件取消訴訟の訴えの利益について

1 原告戊山は昭和六二年七月二〇日補助参加人を辞職申出により退職し、原告甲田は昭和六二年七月四日、原告乙山は平成四年一〇月二一日、原告丙川は平成六年四月五日、原告甲野は平成五年五月九日、原告丁原は平成六年四月二〇日、原告戊田は平成七年三月二三日、原告乙野は平成八年七月六日及び原告丙山は平成九年七月三日いずれも定年で補助参加人を退職し、亡乙原は平成五年一一月一一日死亡したが、差額賃金の支払い〔本件命令主文第八項〕との関係では同原告らについてもなお訴えの利益が認められる。

2 《証拠略》によれば、補助参加人が、平成二年四月一日導入の新人事制度に基づき、原告甲野外一五名及び原告丙原外三名に対し、補助参加人主張のとおり一定の職位を付与したことが認められる(《証拠略》によれば、原告丙山が上級営業担当となったのは平成七年四月三日付けであることが認められるから、右の時期の点は補助参加人の主張どおりではない。)が、原告甲野、原告乙山及び原告丙川が店舗長代理又は店舗長代理待遇の推進役に、原告丁原、原告戊田、原告甲田、原告乙野、原告丙山、原告丁川、原告戊原、原告甲川、亡乙原、原告丁野、原告戊山、原告甲山及び原告乙川が係長及び係長待遇の推進役に昇進したとみるべき時期はいずれも昭和六一年四月一日であると解すべきことは既に述べたとおりであり、右同日から新人事制度に基づく職位の付与までの間の是正の必要があることは明らかである。

よって、本件取消訴訟の訴えの利益が右各原告との関係で消滅したものとは認められない。

第四  結論

以上述べたとおりであるから、原告組合以外の原告らの本件訴えはいずれも却下し、原告組合の訴えに基づき、本件命令主文のうち、[3]項、[4]項、[5]項、[6]項及び[8]項は取り消すこととし、原告組合のその余の請求は棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

(裁判長裁判官 高世三郎)

裁判官 三浦隆志及び裁判官 中園浩一郎は職務代行を解かれたため、いずれも署名押印することができない。

(裁判長裁判官 高世三郎)

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